リヴォフの地下水道

旅行記や本のレビューや歴史など。知識ひけらかす雑談とか。ロシア・ウクライナの文化愛してる。星井美希トナカイ担当P。

ドラマ『CHERNOBYL(チェルノブイリ)』第一話。

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日本初公開の海外ドラマをこんなにも早く視聴して感想など呟くことになるとは…自分はよっぽどこのドラマを待ちわびていたらしい。

 

ソビエト崩壊からもうすぐ30年を迎えようとしているが、近年ソビエトをテーマにした作品が順調に増えてきていて、こちらとしても嬉しいところ。

ガルパンを始めとしてちょくちょくアニメのネタにもなる。

しかしその反面で、人気が出てくるとやはり悪い影響も出てきてしまうもの。

 

本作もゲームオブスローンズの製作陣ということもあって、アメリカ国内では大ヒットを飛ばした。その上、先日エミー賞なんかも取ってしまうほどの人気ぶり。

その影響か現在ウクライナにはチェルノブイリ原発ツアーに殺到する目的でやって来る観光客が急激に増えているようだ。

俺も2016年9月にウクライナへ行ってチェルノブイリ原発のツアーに参加したことがあったが(その時の詳しい話はまたいずれ当ブログの別シリーズである欧州遠征録で)、あの時も結構アメリカ人のツアー団体が多かったように思える。

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2016年、実際にツアーに参加した際のチェルノブイリ

しかし現在は、もはやなんでもありな観光状態になりつつあるんだとか…。

 

ウクライナも本来経済の貧しい国だし、観光後進国だから、なんとしてでも海外からお金を落としてくれる客が欲しいところ。

本来なら立ち入り禁止区域だし、外部からの人間の出入りを厳しく制限するべきなのだが、命の保証はしないという誓約書にサインさせる程度の手続きを済ませて、原発周囲への立ち入りを許可している。

もはや立ち入り禁止区域の意味をなしていない。

福島第一原発を観光目的として利用したらきっと大バッシングだろう。でもウクライナ人は何も思ってなさそうだし、アメリカ人は金儲けできるとあって他人事だし…)

なんと最近じゃ、汚染されたプリピャチ川(原発の横を流れる川)をボートで巡るというような馬鹿げた観光事業に乗り出すツアー会社まで出てきているとか。こりゃ川で誰かが泳ぎ始めるのも時間の問題だ。(そして死ぬ)

 

まぁ、こういうツアーを企画するのは大概一儲けを狙うアメリカ人の資本家なのだが。。。やはり資本主義は○○○

 

それどころか、現地に押し寄せた観光客はチェルノブイリ事故に関心があるのならまだしも、その半数以上がインスタ映えとか「流行っているから」だとか、そんな理屈で軽々しく見学ツアーに参加し、原発建屋と自撮りで記念撮影する。。。

まことに嘆かわしいことこの上ない。なぜ罪もないソビエト人民が血を吐き、皮膚をただれさせて死んでいった墓標のような原発を前に笑顔で写真なんか撮れるのか。その神経を疑わずにはいられない。あの建屋の中には高濃度の放射線によって人もロボットも近づくことができず、いまだに回収されずにコンクリートに埋もれたままの作業員の遺体が眠っているというのに。

命を投げ出す彼らの献身的な除染作業がなかったら今頃ヨーロッパは、世界は、チェルノブイリ上空から季節風によって流されてきた高濃度の放射性物質によって大規模に汚染され、発ガン率はとんでもないことになっていただろう。

ヨーロッパ産の小麦なんて食べられなくなっていたはずだ。そして欧州は今よりはるかに衰退していた。そんな地獄を防いだのが彼らだったのだ。

 

さて、本作ではそんな真の英雄とも呼べる作業員や消防士、兵士たちの胸の痛むような献身的作業の光景と、頑なに原子炉の爆発を認めず、認めてからも今度は互いに責任をなすりつけ合う醜いソ連共産党指導部の葛藤が描かれている。

命を投げ出すのはいつだって末端の人間なのだ。

 

先日、第一話がスターチャンネルで無料公開だったのでさっそく見てみることにしたが、今回はその感想を述べていくことにしよう。

ネタバレっていうものもない気がするが、気にする方は読むのをやめてもいい。

ほとんど実話なのだから実際に起こったことを知っていればどのような展開になっていくかはある程度想像がつく。その意味でこの作品は、映像を見て恐ろしい気持ちになってくれればそれで正解だと思える。

 

第一話目は、主人公の自殺で始まる。

事故から2年後の1988年4月。彼は証言を記録したカセットテープを残すと、首を吊る。

なぜ彼が自殺するに至ったのか?

それを問うのが本作の意図だ。

 

そして時は2年前、1986年4月に遡っていく。

 

チェルノブイリ原発ソビエト連邦ウクライナ共和国の首都キエフの北にある。周辺のプリピャチという街には原発作業員たちとその家族が暮らしていた。

突然、火柱を上げてチェルノブイリ原発の原子炉建屋が爆発する。

爆発を目撃したプリピャチ市内のアパートの一室では、妻リュドミラが心配そうに吹き上がる炎を窓から見つめていた。しばらくして消防士の夫は消火活動に出る準備をする。

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リュドミラ・イグナチェンコ。彼女が本作の主要な登場人物の一人。

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リュドミラの夫、ワシリー。彼はまだ自分の運命を知らない…

実はそんな事故の被害者である彼らは、実在の人物をほぼその通りに描いているのだ。

 

チェルノブイリを描いた小説は少ないが、スヴェトラーナ・アレクシェービチというベラルーシ人作家の書いた「チェルノブイリの祈り」という本の最も冒頭に登場する衝撃的な証言…この本が元になっている。

 

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

 

 

アレクシェービチはドキュメンタリー作家で、長年ソビエトの闇に焦点を当て、さまざな人々の証言を一つの本にまとめてきた。アフガン戦争で傷ついた兵士の証言をまとめた「アフガン帰還兵の証言(原題・鉛の少年たち)」は秘密主義が蔓延っていたソビエト社会に強い衝撃を与え、現実を受け入れられない遺族から猛バッシングを受けて裁判まで起こされてしまったが、彼女はそれ以降も精力的に作家活動を続けてきた。

そうした長年の功績を認められ、2015年にようやくノーベル文学賞を受賞するに至ったが、そんな彼女が送り出した「チェルノブイリの祈り」という本も、事故を経験した人たちの目線で生々しい証言が描かれているのだ。

 

とにかく本の冒頭の、リュドミラの証言は実に生々しい。消防士である夫が炎の上がった原発へ消火に向かう。その場所から戻ってきた消防士たちはひどい放射線被曝で倒れ、妻のリュドミラは必死で彼を看護するが、病状は次第に悪化していき…

 

これ以上は書かないでおくが、夫を必死に看病する妻のひたむきであまりにも悲しくむごい証言が、おそらく今後ドラマでも取り上げられていくことだろう。

大量被曝した夫はもはや人ではなく、一つの放射性物質なのだ。

それが何を意味するか、今後明らかにされていく…。

 

放射線が人体に与える影響を知るためには日本で起こった事例も参考になる。

1999年に茨城県で起きた東海村臨海事故という大変な人災をご存知だろうか。

ウラン加工施設で、溶かしたウラン燃料を移し替える作業中に核反応が発生し、青白い光とともにその場にいた作業員二人は大量被曝する。人間の放射線致死量は6〜8シーベルト(人体に与える影響を表す単位)程度なのだが、その場にいた二人はそれぞれなんと推定14〜20シーベルト、8シーベルトもの放射線を浴びてしまう。彼らは即死を免れて奇跡的に生き延びるが、それが地獄の始まりだった…。

そのうちの一人が集中治療室で治療を受けて死んでいくまでの過程を綴ったのが、NHK記者が綴ったこちらの『朽ちていった命』という本の中で紹介されている。

 

朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

 

 

放射線は、身体を内側からじわじわと破壊していくのだ。

細胞や染色体が破壊されると人間は設計図を失う。つまり、新陳代謝などによって毎日生まれ変わる皮膚が再生されなくなり、古くなった皮膚がはがれ落ちると人間の肌は、むき出しになる。

そしてむき出しの状態のまま決して再生されない…赤々とした肉が露出する。

患者の寝ているベッドは血まみれになり、身体中をガーゼや包帯でぐるぐる巻きにする必要がある。また体内の粘膜も剥がれおち、胃や腸の内部も血まみれになって、血便が続く。喉の中もただれて、やがて口もきけなくなる。

そんな状態が三ヶ月も続いた。

当時の最先端医療(皮膚移植や、骨髄移植)を以ってしても、彼を苦しめるだけ苦しめて、三ヶ月生かしてしまったのだ。なんのために助からない命を生かす理由があったのかと考えさせられる。

(もう一人の患者は200日も生きたが…)

 

チェルノブイリの消防士が受けた放射線も、彼ら同様におそらく8シーベルト程度か、人によっては…20シーベルト以上であった。現場に着いた時は元気だったのに、突然嘔吐して倒れたり、顔が真っ赤にただれたり…。即死した者、病院に担ぎ込まれた者…。

放射線被曝の治療なんて前例がなかった。

医師たちは奔走するが、重篤な患者を前にして為す術もなく立ち尽した。

彼らは皆長くても二週間程度しか生きることはできなかった。 

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燃え盛る原子炉

消防士たちだけではない。原発内の制御室にいた作業員たちにも同様の悲劇が待っている。

事故発生時、現場の責任者であるディアトロフ技師は原子炉爆発を頑なに認めようとしなかった。

部下が原子炉が爆発したという報告をしても、彼はそれを頭ごなしに否定する。

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「わが国の原子炉は決して爆発することはない!」

 

国が絶対的に正しい以上、自分たちのミスが原因なんて到底受け入れられなかったのである。ソビエトで罪を負えばシベリアへの流刑か強制労働、または国家反逆罪の烙印を押されて銃殺される。昇進は二度と望めない。だから事故後、対策のために呼び出されたその地区の共産党員ですら、作業員たちに事故の全容を知らされてもそれを受け入れなかった。そしてディアトロフ技師も地区の党員も、皆がこう言うのだ。

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「原子炉が爆発したと言うのなら、お前が原子炉を真上から覗いてこい!」

当然、原子炉からは凄まじい勢いで放射性物質が噴き出しているというのに、この命令は正気の沙汰ではない。作業員たちはまた、むき出しになった核燃料棒を冷却水に押し戻すために奔走する。(燃料棒がむき出しになると高熱によって炉心溶解(メルトダウン)が起こり、放射性物質がますます流出する)

実際に覗かされた作業員は顔を真っ赤に腫らしていく。

そんな彼の惨状を見ても党員もディアトロフも事故の重大さを認めない。

ディアトロフ自身その場で嘔吐し、倒れて担ぎ出されたというのに…。

 

そしてまた別の技師が、原子炉を覗きに行かされる。そんなことの繰り返しだ。

 

観ているこちら側としても非常に苛立ちの募るシーンである。

しかも近隣住民がパニックを引き起こさないようにするためと言って、住民には一切避難勧告が出されない。

 

放射性物質の白い粉が宙を舞う。

夜中、爆発事故を聞きつけて外に出ていた子供達はその粉を眺めて雪のようにはしゃいでいる。放射線の脅威は目に見えない。しかし確実に、身体を内側から蝕んでいた。

 

こういう初動対応のまずさが結局チェルノブイリ事故をますます深刻なものにしたが、それはソビエトの秘密主義・権威主義がもたらしたものと考えることができる。

 

…さて、一話はこのような話で進んだが、二話以降もソ連共産党の対応のまずさがますます露呈することだろう。

モスクワの中央政府も処罰を恐れたウクライナの地区共産党が報告をうやむやにしたせいで正確に情報をつかむことができなかった。ようやく事の重大さを理解した中央政府が近隣住民に避難を命じて避難勧告が出されたのは事故から三日後。

住民の健康状態を考えるとあまりに遅すぎたと言っていい。

そして二話からはいよいよ兵士たちが除染作業に駆り出されることになる。爆発してむき出しになった原子炉を覆うコンクリートの石棺を建設するため、これまた多くの除染作業員(リクヴィダートル)が犠牲になっていく…。

 

非常に重苦しいテーマだからこそチェルノブイリ原発の恐ろしさを理解できるドラマだと思う。

ぜひ覚悟する気持ちで観て欲しい。

そして原発に対して自分なりの意見を持ってほしいものです。

世の中の諸問題は、決して善か悪かの二つで片付けられないことも理解してほしい。

このチェルノブイリ事故についても、一体誰が悪いのかと決めつけることはできないのだ。

原発によって我々の豊かな生活が保たれているという現状を踏まえ、いかにして原発に頼らずに生きていけるか。これを話し合うことが重要だと思っている。