リヴォフの地下水道

旅行記や本のレビューや歴史など。ロシア・ウクライナの文化を愛しております。アイマスの星井美希トナカイ担当P。

欧州遠征録【6】遠すぎたドレスデン

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今回の僕らをあたかも象徴するかのような標識です

最近とっても忙しいらべるです。忙しいのかな。わかんねえや(へらへら〜)みなさんはお元気ですか。

この欧州遠征録も思えばすごく久々にはなってしまったのだが、こうやってなんとか暇を見つけて執筆することが叶いましたので。。。ほんとは書いている場合じゃないんだが勉強も詰め込みすぎると自分でもわけわかんなくなっちまうんで息抜きは大事でしょうね〜と、これ書きながら噛み締めている。現実逃避だ。

文章力は使わないと劣化しちまうんで使うべき時に使わなきゃな。

そんじゃ〜前回の続きからいきましょう。

 

これまでのあらすじ。

みなさん覚えてるかしら?筆者と先輩のT氏はパリから電車でドイツ南部に到達してロマンチック街道を南からじっくりゆっくり…(と、本来ならそうなる予定だったのだが)

しかしこの旅はとても酷いもんで、かつかつハードスケシュールで北上していくことになってしまうのだ。旅行計画のずさんさはこの際ふれないでくれ。

基本的に旅なんて行き当たりばったりが基本である。

さて前回はそんな素敵で可愛らしいロマンチック街道の中間地点であり、メインディッシュともいうべき中世都市ローテンブルクを旅したお話をご紹介しましたが、それもいよいよおさらばして、我々はまだまだ続くロマンチック街道を惜しみながらも脱して、舵を大きく切り、ドイツの東へと向かうのであった。

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今ではすっかりと馴染んでしまった風景

 ロマンチック街道の中間都市ヴュルツブルクを通り過ぎ、フルダという街の駅に到着。さぁここがドイツを東に向かうか西に向かうかの分岐点の街になる。

 

ところが、ここから東に位置する本日の最終目的地ドレスデンに至るまでの旅は、当初の予定を狂わすほどとんでもない苦難を伴うものであった。

 

①“ドレスデン”行きのチケットを買わせておくれ!!!

時刻はとうに昼の14時くらい。

ローテンブルクから長々と乗ってきた電車から降りると、さっそく我々はドレスデンへと向かうための切符を購入することになる。

しかしここでアクシデントが発生。

 

駅のホームで券売機を前にした我々だが、券売機の表示のどこにもドレスデン行きの切符が見当たらないのである。

これは一体???

おいおい待て待て、これまで俺たちは様々な苦難をのりこえてきたんだぞ?パリの地下鉄で券を買うのだってかなりしくじったりしてよぉ〜〜〜っ

パリからミュンヘンまで本当に電車で行けるのか?と非常にやきもきしたこともあった。だがそんな歴戦の勇士が一体こんなところで何を手間取っているんだ???

と思いつつ何度もご親切な英語表示の電子券売機に向かってぶつくさ言いながら格闘してみるのだが、やっぱりドレスデン行きの切符が買えないという。

ほんとになぜなんだ。。。

 

ここでドイツ語に自信ニキというT氏(彼はフランス語にも自信ニキ)がすっと立ち上がり、どこへ行くのかと思えば勇ましく駅のインフォメーションセンターに果敢に立ち向かっていく。

か、格好いいぜ…!

俺にはできへん。。。

ちなみにその間、券売機の前でのほほんとしていた。干し梅を食べてました。

 

いやぁ〜〜〜うまいんですよね、

皆さんも長期間海外に行くときは干し梅を持参すべきである。(これは声を大にして言いたい)

この頃にもなるとワタクシは若干のホームシックを抱え始めていた。

 

しばらくして白い紙を一つ携えたT氏が舞い戻ってくる(この時、俺の頭の中じゃ神々しくワーグナーワルキューレの騎行が流れていた)

 

ドレスデンへの行き方が書かれた紙だそうなのだが、目を通して見ると…

 

え、ドレスデンに行くのってこんな駅で乗り換える必要ありますっけ????

グーグル先生は一度もこんなこと言っていなかったような。

そもそもフランクフルトって西側じゃないっけ…

 

紙面に刻まれた街の名前はどこも方角的に明らかに違う。そもそもドイツ語はあんまり読めんが。

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こんなに乗り換えねえはずだが

 絶対間違いだよ〜〜〜、いくら馬鹿な俺でもわかる。

大学の英語が再々履修の俺でもわかる。(余談ながらその時の俺が履修していたミクロ経済学は”再再再履”だったので当時流行っていた『君の名は』の主題歌と非常によく韻が踏めたものだ)

煽りまくる俺にT氏は、これはドレスデン行きだと確かに駅員が言った、と言い張るので。

うむ。。。そこまで言うのなら。。。

そんで改めてよく紙に目を通して見る。

 

えーっと、

“Dorsten”

 

うん。ドルステン…確かに、いや、やっぱ何も違くな…

 

 

あっ、あ!これって…

もしかして…

ドルステン!?!?!?!?

 

いや知らねぇ

どこなんだよそこはよォ

 

Dresden

ちなみにドレスデンの正しい綴りはこちらです。

こうしてみると非常に一目瞭然だね。

まあ、ぱっと見気づかないかもだけど。

 

ちなみにドルステンってのは東部ドレスデンの真反対…ドイツ西部の小さな街だ。

こっちの街に行ったらもはや方向修正のしようがないだろう。

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そんな大いなる過ちに気づいてしまった我々は思わずひっくり返り、そのまま疲れも相まって、とにかく変な笑いが止まらなくなってしまう。

ドイツ人にしてやられた。しかももう一度よーーーく、券売機を睨み続けてるとドレスデン行きの表示は初期画面の下の方に、はっきりとあらかじめ表示されていたのであったとさ。

そりゃそうだ〜〜〜〜だって日本で言うところの京都みたいな古都だもの…!

分かりやすいところに表示しておくべきものだよね。。。まさしく灯台下暗しであった。

 

今までの苦労は一体なんだったんだろ〜〜〜??

ふにゃふにゃのこんにゃく状態になった我々はやっとのことでチケットの購入に成功し、ヘラヘラしながら駅のホームにまっしぐら。

その途中でT氏がバッグから小銭を撒き散らすアクシデントに見舞われたりする。

なんでこの人ロボットじゃあるまいし、チャランチャラン音立てながら歩くの、とか思ってよく見たら小銭を無意識にばらまいている。。。

バッグも中の財布も開けっ放しじゃないですか。。。

ひどく疲れすぎじゃないのかね。

転がり落ちたユーロ硬貨とかを拾い集めてホームのベンチに腰を落ち着かせる。

まぁ、とりあえず落ち着こうぜ。

いやー、でもなんとかドレスデンに行けそうです。

ほんとうに、ええ。なんとか。

 

しかし。。。

このあとも行く先々にアクシデントが待ち構えていることを、我々はまだ知らない。

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駅で飲んでたビールはプルトップが破損したので無理矢理こじ開ける羽目に。

 

②俺たちを置き去りにして遠ざかっていく列車。

いや〜〜〜なんとかなるもんですなぁ。

ドレスデン行きの列車に飛び乗って、あとは優雅に快適な列車内で贅沢な時間を過ごすばかりです。さっきまでの馬鹿苦労が嘘みたいだ。朝早く起きて今日はとにかく濃厚すぎる1日だ。情報量が多すぎると脳みそがパニックを起こすのでやっとの休憩は誠にありがたいのです。

ドレスデンに行くためにはもう乗り換えも必要ないらしく、このまま順調にいけばおそらくドレスデン市内には夕方18時ごろには着くだろう、という予定でした。

呑気に列車で音楽など聞きながら、今日の出来事を絵日記形式で描いていたりすると、いつの間にか列車が停車する。周りの乗客がぞろぞろと降りていく。

何だろう、疲れすぎているからかあまり気に留めませんでしたが、やがて電車の中に人気が微塵もなくなる。

 

あれ、これ本当にここにいていいのか?

みたいな空気感。

 

やがてぽつんと席に残る我々を見つけた初老の車掌が近くにやってきて、『降りろ!」とまくしたてる。ドイツ語で。

俺たちは顔を見合わせて、あん????となったのだが駅員は待ってちゃくれない。「あんたたち、(車内放送を)聞いてたのか?」と駅員は呆れ顔だ。

 

ああ、え、まさか乗り換えですか!????

あ〜〜〜いえ、はい、聞いてませんでした。(どうやら自分たちの乗ってきたやつはドレスデン直通じゃなかった様子だ)

 

ということで列車から叩き出される我々。

えーっと、、、ここはどこ。。。

 

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 ここはライプツィヒ駅という結構大きな駅です。

 

はてさて、しかし乗り換えとは言っても一体ドレスデンに向かうにはどの電車にのればいいの?降ろすだけ降ろされてどうしたらいいんでしょうか。

 

と、思った矢先のこと。

たった今我々の降りた列車の後部車両が切り離されて、発進していく…!!!!?

 

い〜〜、嫌な予感がするなァ、

ふと上の電光表示板を見上げると、ドレスデン行きの文字が・・・輝いて、消えたね。。。

 

まさか今のが、、、

ああ、やはり、、、

ドレスデン行きの列車でございましたか。。。

非常に、無念である。(二人はお葬式状態)

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電車が遠ざかって閑散としたホーム

そして次のドレスデン行きは2時間後という大事態に。

駅のホームで二人して絶句する我々。

ただでさえ遠いドレスデンがさらに遠のいたのだ。

果てさて、一体我々はいつになったらあの街に辿り着くことができるのか。。。

気を取り直して電車を待つこと2時間。

しかし案外あっという間に時間は過ぎて、ようやくライプツィヒドレスデン行きの電車に飛び乗ります。

今度こそ俺たちは凱旋するぞ、と意気込むものの今日一日で本当にたくさんのことがありすぎて脳みそが疲れ果てている我々の会話の話題は、ほとんどがうんちと爆発の話。疲労が限界に達すると脳みそが小学生にまで退化てしまうのは仕方がない。しかも案外ゲラゲラ笑える。

今の俺のIQは5だ。

疲れるとこれがまたさらに下降していき、しまいにはマイナスの値を叩き出すこともしばしば。

 

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そして!!!ようやく…夜7時半を迎えた頃合い、我々はドレスデンに到達しました!

いやーーーーー、なんと長い道のりだったことでしょうか。。。

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ん〜暗い。

今日も少し旧市街を観光できたらなあと思っていたが、精神的にも時間的にもそんな余裕は微塵もなかったのでおとなしく、速攻ホテルに向かうことにする。

夜の街もすごく素敵なんだろうけどさ。

ええ、なんせ今日泊まるホテルは今回の旅の本命と言っても差し支えない、城ホテルなのだ。

城に泊まるって憧れるじゃないですか。

『シュロス・エッグベルク(エッグベルク城)』

こちらは1800年代に築城された比較的新しい、貴族が建てたお城だそうだが、現在では観光客向けにホテルとして解放されているそうだ。

部屋でまったりゆっくりせずしてどうする?

一刻も早く城に向かいたい気持ちが高まっていた。

バスもいつ来るか分からんし、面倒だし、ああだこうだ言って仕方がなくタクシーを使うことに。

おっと…何気にこれが初めてのヨーロッパで乗るタクシーじゃないか??

ぼったくられるんじゃなかろうか、という一抹の不安はあったがドライバーは親切な方で、シュロスエッグベルクに行きたい〜〜と言う我々に「おう、あそこはいいとこだぜ最高だ」的なこと言ってくれて気持ちよかった。

そんであっという間にホテルの前。これはバス使うより楽なんじゃないだろうか?

実にこの後、第三国・ウクライナでも我々はタクシーを重宝するのである。

 

そしてついに辿り着いた城がこちら。

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城、、、???

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城だ、、、城だよ、、、

城に着いてしまったね。。。

感無量だ、一体どんな世界が中に広がるのだろうか、ワクワクしますなぁ。ここに泊まれるなんてディズニーランドもびっくりだ。

 

③最終試練・鍵の開け方。

ま、まさか、城に足を踏み入れてからも我々は試練に直面するとはー…!ここはゼルダの伝説ハイラル城じゃねえんだよ〜〜〜〜くそ〜〜〜謎解きゲーは嫌いだぜ!

俺のIQは現段階で2なんだよ、謎解きげーなんかやってらんねえぜ!

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異様なテンションでこの階段を駆け上がっていったのは想像に難くない

恐るべきことにカウンターで鍵を受け取ってからも我々は散々な目に遭う。

どういうことかって言うと簡単だ、部屋の鍵が開かないのである!

こっちは疲れて死にそうなのに何故ヨーロッパの鍵ってのはこう、どいつもこいつも開けにくいんじゃ!?

 

もう旅も中盤を迎えて折り返しに差し掛かっている頃合いだが、振り返ってみると、今回の旅は鍵との闘いでもあった。

とにかく、どこもかしこも簡単には開かないのだ。

文章での説明が難しいが、日本みたいに右に回しきればガチャっと開いたり、左に回しきれば閉まったりしないのがヨーロッパのホテルの鍵。

ええ。もちろん、閉まるのは簡単でございますよ。

確か(記憶を振り返る)…多分、右に回すだけじゃなかったか?(それかオートロックだったか、ここへんの記憶が曖昧だ)

しかし開ける時はなんというかね…

左に差し込んだ鍵を捻り続けながらじゃないと開かないんですよ。

言ってる意味が分からないとは思うが、日本みたいに回し切ったら終わりじゃなくて、鍵を回し続けなきゃいけないのよ。うん。

言葉で言うだけなら簡単、でも、それが固くてさぁ、

つまり、どこまでひねれば良いのかマジで、そこの感触というか基準がホテルによってやや違うのだ。言ってる意味がわからないならそれでよい。実際に行けばわかるから。百聞は一見にしかず。

 

毎回ホテルの前で今回のホテルの鍵は開けやすかったな!〜とか言ったり、最初は下手くそだったTくんもだんだん手慣れてきて、やがては“鍵マイスター”を自ら名乗り始めるくらいにはなっており、初日のパリの時点で既に鍵マイスターの称号を欲しいままにしていた俺としては弟子の成長を見守る老師のような気分であったのだが、しかし、そんな我々は、今回立ちはだかった強敵を前にして、痛切に無力を噛み締めた。

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こりゃ無理だねぇ

開かない…ひたすら開かない…

俺たちは早くベッドにどかんと寝転がって愉悦に浸りたいだけなのに…。

業を煮やして結局ホテルのカウンターに舞い戻り、長身のドイツ人のお兄さんを連れてくることになった。

 

いや、これ絶対ドイツ人でも開けるの難しいから〜

やれるもんならやっ…

 

…いや、まぁ、えーっと、あら、

ひぃ、秒で開けられてしまいましたね〜〜

 

嘘だ!?とびっくりして顔を見合わせる我々に、お兄さんは「(なんやこいつら)」とでも言いたげなドヤ顔だけ振りまいて、エレガントに、颯爽と去って行く。

そんな後ろ姿を見て僕らは彼のことを真の鍵マイスターと呼ぶことにした。

彼には勝てませんなァ。

 

そんなことより〜〜〜!!!!本日のお部屋はどんな感じだろ!!!(わくわく)

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うわあーーーーーーー

あー、すげ、、、こんなムーディーなカーテン付きのベッド、初めてみるな、、、

保健室以外じゃ見たことがないぜ、、、

でも男二人でダブルベッドをシェアするのにこれ要りますか?(今更)

いらないと思うんだよねぇ。

今までも散々ダブルベッドで熱い夜を過ごしてきた我々だが、またランクが上がってしまった。どうしてくれよう。

 

もう疲れ過ぎて気が狂い過ぎて、とりあえずベッドに横になるのも良かったのだが、とりあえず冷蔵庫の中身を物色するところから始めるのが旅の流儀でしょう。

 

ふふ、ビールあんじゃん。

飲むでしょ。

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ローテンブルクで買ったお人形さんと一緒に。

このシュバルターってビールだが、いやぁ〜本当に美味かった。

疲れていたからっていうのもあるのだけど。

ピルスナータイプは日本でもど定番のビールだ。

あれ、これっていわゆる地ビールなのかな。

どこぞに行ってもまず見かけることはなかったので、ドレスデンとかこの地域限定なのだろう。またいつか機会があれば飲んでみたい一品だ。

兎にも角にも疲れてしまいましたわ、さあいよいよ明日はドレスデン市街の探索とまいりたいと思います。

 

んで、次の更新はいつになるんでしょうかね。

恐らくは6月をまたいで7月とかになる恐れもありますが、また順次更新してまいりたいと思います。もう3年前になろうとしてるので、、、記憶が薄れぬうちに早く更新していきたいもんです。

らべるのヨーロッパ紀行はまだまだ続くのでお楽しみに。

 

ではでは〜〜〜〜!!

 

 

 

 

 

『草原の実験』〜穏やかなタイトルに衝撃的なクライマックスのロシア映画〜

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いやぁこれねぇ、、、

なんとなく前々からご紹介したかったのだが、最近久しぶりに観返してすげえな〜〜と思ったし、せっかくなので本日はこの『草原の実験』という映画をご紹介したい。

日本じゃ珍しいロシア映画です。だがちゃんとAmazon Primeにて無料公開されているので、興味がある会員様は是非とも観て欲しいなと。

結構国際映画祭とかでも話題になった作品らしいっすよ。

 

この映画を初めて観たのはかれこれ3年半も前になる(もうそうんなに経つのねえ)。まぁええわ、とりあえず何と言っても主役の女の子の可愛さに惹かれたわけなんだが。

 

なぁ、、、おい待て、

なんだこりゃ、

この子なんだがとっても美しくないか。

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こちらが主役エレーナ・アンという女優さんだ。

典型的なロシア人というよりもどこか中央アジア的な雰囲気を醸し出しているので、この映画の配役にはとてもぴったりである。

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俺は日本の女優とか声優とか、名前も全然覚えられないくらいに基本的に他人に対して興味ないんだがこの人は別格かもしれない。

ロシア人と韓国人のハーフなんだとか。

この映画、もはやこの子を鑑賞するためだけの映画だ。

間違いない。てか劇中のカメラの大部分はこの子に当てられてますし。

 

草原というタイトルのキーワードに、主人公のアジア系の顔つき。

その当時から俺は旧ソ連、とりわけカザフスタンウズベキスタンといった国々に対して好奇心のような興味を抱いていたので、きっとこの映画もそれらの中央アジアが舞台の映画に違いねぇな〜〜とパケ写真を見て、そう踏んだわけである。

俺の予想は大当たりだ。見事にロシア映画

 

中央アジアソ連の構成国の一つだったので彼らの公用語もロシア語なのだ。

興味はすごくあるのに実際この地域をテーマに選んだ映画など日本でDVD化されてるのは一体どれだけあるのだろう?きっと数える程しかあるまい。(もし何か知っている映画があれば是非教えてくださいよ)

果たして需要が少なすぎるのか、供給が少なすぎるのか。いかに。。。需要はあると思うんだがな〜。

 

簡単なあらすじを読む限りじゃ草原の中にぽつんと佇む一軒家に住む少女と恋の話〜とか、なんだかのどかな感じに書かれてるもんだから随分と綺麗でほんわかしたお話なんだろうな〜と最初は思ったわけだ。

これは余談だが、俺は思い出のマーニーが死ぬほど大好きである。見事な児童文学だ。ジブリの映画も良かったんだが、あれは是非とも原作を読んでいただきたいですね。泣ける。

なんか同じ雰囲気してっからさぁ。この作品も実はマーニーっぽいんじゃね…?って思ったの。(このせいで、あとからひどい目にあうわけだが)

 

ちなみにこの映画、無声映画です。

セリフなんて一切ありません。

それでも心の葛藤だとか想いとかが、表情などによって観客である我々に如実に伝わってくる。とにかくすんごいねえ、こんな映画見たことないよ。

そういう意味でもこの映画は異色であると言える。

いや、そりゃ100年前のロシアには映画史に残る傑作「戦艦ポチョムキン」とかいろいろあったけれども(あれはサイレント映画

でも時代は21世紀だぜ…???

技術的な問題とかがあるはずもなく、いくらでもセリフなんて吹き込める。

でもこの映画を撮ったアレクサンドル・コット監督はセリフをあえて入れなかった。十分。ああそうさ、そんなもん最初からいらないんだと教えてくれる。

それと同時に女優の演技力も試されるというわけだ。演劇経験者の自分としてはなんとも恐ろしい話だが。

台詞なしの役やれとか言われてもほとんど苦痛でしかないもの。

俺には無理だね。そんなの、やってられん。 

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主人公の少女はこんな風に草原に佇む一軒家に住んでいる。

周りには見渡す限りのどかな草原が無尽蔵に広がっていて、どこにも同じような家は存在しない。中央アジアの草原はとてつもない広さだから、きっと我々日本人には想像もつかない世界です。

 

それにしても、これはいつの時代なんだろうか〜。

中央アジアとはいえ、ここがソ連であることを象徴付ける小道具が、本作ではたくさん登場する。

ラジオから流れてくるロシア語の音楽や、父が持つ新聞にはプラウダソ連共産党機関紙)のロゴがちらりと見えたり、彼女がトランクにしまい込んだ本の表紙にはB.マヤコフスキーロシア・アヴァンギャルドを代表する詩人)の名前が書かれていたり。だからこれは詩集だろうね。

例えば彼女がこんな風に葉っぱで描いていた絵。

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おそらくソビエト連邦(現在ではロシア)の首都モスクワにあるこれだろうか。多分そうだ。クレムリン(日本でいう国会)にあるスパスカヤ塔と呼ばれる有名な時計塔でしょうね。

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そのそばを飛行機が飛んでいる様子を見ると、彼女は果たしてモスクワに行ったことがあるのかな、それとも行きたいと願っているのかな〜などと考えてしまうのです。

 

多分この映画の舞台は中央アジアのどこかなんだろうけれど、中央アジアから首都モスクワはとても遠い。

それも、果てしなく。

ソ連時代にはカザフスタンウズベキスタンも同じソ連という一つの国だったけれど、同じ国の首都とは思えないほどの距離がある。

分かりやすく言うとアメリカの西海岸ロサンゼルスから東海岸ワシントンDC並みに離れてるのだ。

おそらく当時ソ連の僻地に住んでいたほとんどの国民はモスクワには一度も行かないまま死んだのです。でもそんなモスクワという想像もつかない大都会に住む一部の政治家たちが決めた政策やらなんやらで、ソ連中あちこちの僻地では、彼らの身勝手さによって自分の人生を左右されていた人たちが数多く存在したわけだ。

あれだけ広いソ連でも、なぜだか権力だけは隅々にまで行き渡る。

無理やり工場で働かせられたりとか、好きでもない共産主義を教え込まれて、イスラム教やキリスト教といった宗教を捨てるように口うるさく言われたりだとかして。嫌になっちゃうよなァ〜好きなように農業や牧畜をさせろってんだ。

それでも田舎の方は党による統制も緩やかで、悪夢のスターリン体制下とはいえ、そこまでなかったんじゃないかなと。。。いやすまん自信ねぇわ、収容所とかたくさんあったらしいしやっぱ嘘で。

 

最初は少女の暮らしぶりを美しい風景とともに、なんとな〜〜〜く描いていく。

少女に思いを寄せるカザフ人(仮)の少年がいるんだが、少女はなんとなく彼に対してはそこまでのときめきを感じていない様子。あんまり二人一緒でも楽しくなさそうで無表情だしなあ。

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せつないねえ

そんなある日、少女のもとに現れたロシア人の青年。

少女は彼にときめきを感じるようになる。

細やかな表情だけでそんな心情まで読み取れちゃうなんて、やっぱエレーナ・アンの演技すごいな〜〜〜とめっちゃ思ったのよ。

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ロシア人の青年

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父親の前に座っていても、あの少年のことを考えてしまう。恋する女の子は美しいね

しかし、そんな平凡な日常も、やがて重たそうな展開になっていく。

つまりなんだこう、暗雲が漂ってくんの。。。

※こっから先は過度にネタバレを含むし見てから読みたいって方は是非そうしてくれ〜〜〜〜。ネタバレ気にしないって方は最後まで一気に読んでください。

 

 

 

 

 

いつもトラックに乗ったまま、どこか知らない草原の先にあるという”仕事場”へ向かっていた彼女の父親だが、或る日、彼はふらふらになって帰宅した。

 

父の身に何があったのだろうか。

ただ疲れているだけなのだろうか。

その日の夜に突然、ソ連軍と思われる兵士たちが大雨の中、彼を外に引きずり出した挙句全裸にして、その身体中を何かの測定器で調べる。

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彼らが持ってる銃、多分PPSh銃なのでこの時代は1940年代末〜50年代中頃と思われます。

おやおや、こいつは。。。

どこか悪い予感がするね。

中央アジアといえば、現在のカザフスタンソ連時代、巨大な核実験場が作られていた歴史がある。セミパラチンスク核実験場とよばれるやつだ。

 

ということは、ここはやっぱりどう考えたってカザフスタンなのだろう。

もう多分カザフスタンで間違いないよ、そういうことにしといてくれ。

 

父は医者に連れて行かれたが、それからすぐ家に戻ってきた。

余命を宣告されたのかな。死を覚悟したのか、父は身なりを整えて滅多に着る機会もないであろうスーツをこの時初めて着込み、家の外に出したベッドの上でじっと座っていると、しばらくして、父は静かに死ぬ。

 

娘は父の亡骸を掘った穴の中に埋葬して家を出ようと決めたのか、父親がいつも乗っていたトラックを運転して草原の中にある一本道をずっと進んでいくのだが、途中でガソリンが切れてしまい、仕方なく途中で降り、そのままとぼとぼと歩くことにした。

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なんか少女がトラックを運転するという姿だけで絵になる。

いつも父がトラックで向かっていた道の先には一体何があるのだろう?という疑問が彼女の中にあったに違いない。

好奇心じみた使命感に駆られて歩いて行くと、どこまで行っても何もないと思っていた草原の先に、彼女は張り巡らされた有刺鉄線を見る。

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それは横一直線、どこまでも続いていて、この先には進めないのだ。

 

この先には、一体何がある?

死んだ父は何故、いつもこっちの方角に向かっていたのだろう?

 

きっと彼女の中で謎は深まっていくばかり。

そんな疑問を残したまま、いよいよ物語はクライマックスに差し掛かる…。

 

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家の外で例の少年と二人一緒に幸せそうにあやとりをしている最中、突然、背後の家の窓ガラスにヒビが入る。

 

二人が異変に気付いて立ち上がると、稲妻のような閃光がピカッと光り、風が吹く。

 

草原の先にまばゆい巨大なキノコ雲が立ち上り。。。

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うわぁ

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二人は互いの手を固く握り締めて放さない。

砂塵とともに、雪崩のように襲う爆風が二人を包み込み…

 

実験ってその実験かぇ。。。

 

草原の(核)実験

 

ここでようやくタイトルの意味を理解して思わず腰を抜かしてしまう。いや、まあ、なんとなく中盤あたりでそんな予感はしていたが…ある意味で究極のバッドエンドじゃないですか。

でも、草原のコントラストといい、キノコ雲が何故だか美しく感じてしまうのである。

 

1940年代の後半、ソ連は核開発に乗り出す。

おそらく本作はそのソ連が行なった核実験に巻き込まれた住民がいた、という噂に基づくものだろう。

第二次世界大戦中、アメリカの最高軍事機密であるマンハッタン計画(原爆開発)の中心地・ロスアラモスに潜入させたスパイを通じて核兵器の製造方法を仕入れたばかりのソ連は、ソ連国内の核実験に最適な場所として土地の広いカザフスタンを選んだ。

 

スターリンの側近であるラヴレンチー・ベリヤが指定したのが、セメイという都市の近郊の人気のない草原地帯。

ソ連政府は、ここにセミパラチンスク核実験場を建設したのだった。

「ここには人が住んでいないので、核実験場に最適である」

ベリヤのやつは本当にこんなことを言って核実験場の設置を急がせたらしい。

よく確かめもしないで核実験場を建設し、何回も核爆弾を起爆させた。

それによってセミパラチンスク近郊に住んでいた人々はひどい健康被害を受けたわけで。今でもこの地域における癌や白血病罹患率は著しく高いと言われている。。。まだまだ放射性物質はたくさん残存しておりますゆえ。

この映画に描かれているように核爆発に巻き込まれた住民がいたかもしれない。事実かどうかはもちろん今となっては全く知る由も無いのだが。

日本でも第五福竜丸が水爆実験で軽度の被曝を受けているし、こういうことは世界中のどこでも度々起こりうる。

 

というか、ソ連の開発チームも、きっと当初は核爆弾がここまでの威力になるとは思ってなかったんじゃないかなぁ〜と推察する。

少女が草原の先に見た立ち入り禁止のための有刺鉄線、おそらく当初予定されていた爆弾の加害範囲はあのエリア内に収まるだろう、というのがソ連の核開発研究者の推測だったに違いない。

ところが、核爆弾による爆風は有刺鉄線をやすやすと乗り越えてしまう。

その威力は、研究者たちの予想を遥かに凌ぐものであった。

アメリカのアラモゴードで世界初の原子爆弾を爆発させたアインシュタインオッペンハイマー博士たちも同じようなことを言っている。核兵器とは、人類の想像を遥かに凌ぐ威力の兵器なのだ。

核兵器が少女たちを巻き添えにして爆発したのは、この映画で監督が表現したかったことの一つであるようにも思う。

核の威力は人間の手に余るのだ。

 

他にもいろいろとこの映画で伝えたいことはあるんだろうが、結局は人々の美しくて慎ましい暮らしを一瞬にして奪い去った核兵器の恐ろしさというか歪さを監督は丁寧に表現したかったんでしょうね。

少女はマヤコフスキーの詩を愛し、葉っぱで絵を描く平凡なソ連に住む一人の女の子なのに、モスクワやレニングラードサンクトペテルブルク)などの大きな都市に住む同じソ連の女の子たちとは違って本当のソ連を知らない。

ある意味ソ連からあまりに遠く離れたソ連人であるせいで。

そしてそんなソ連という彼女にとって遠い祖国は、彼女たちの存在すらも無いものと勝手に決めつけて核実験に巻き込む。酷い話です。

 

そういう見方をするとこの映画もぐっと重く感じられるのですよ。

しかしこの映画に映り込む世界は、何もかも美しいのです。

核爆発だって、美しいのだ。奇妙な余韻に包まれること請け合いである。

 

興味がある方はぜひご鑑賞ください。きっとあなたも中央アジアの魅力に取り憑かれるはず。(核兵器なんかで魅力を感じちゃまずいのだが…)

 

 

 

ソビエト女のファッションだ

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さて本日も、「月刊ロシア」のお時間がやってまいりました…。

げぇ!いつのまにそんなものが発刊されたんですか編集長

「ぜひとも月刊ムーのような胡散臭さを目指したいものです。」(編集長のコメント)

 

…とはいえ、ちゃんと一応毎回下調べもしてあれこれ記事にしているのでそれなりの情報源やソースはきちんとあるつもりですが、時々酔っ払った勢いや深夜テンションなどの気持ちだけで書いているという側面も多々あるので、ここのブログに書いていることを100パーセント鵜呑みにされると非常に困ります。参考程度にとどめておくれ。アンサイクロペディア並みに嘘八百が並べ立ててあり、客観性には乏しい。

特に歴史認識の面に関しては韓国政府ですら腰を抜かすほど中立性を著しく欠いており、卒論の参考文献などに使えばあなたは間違いなく落第しますし、そちらの大学の教授陣が僕に総出で嫌がらせをしてきます。やめとくれ。ご遠慮ください。

 

さて。それでは今回も正直あまりスポットライトの当たらない話題についてお話ししましょう。

ソビエト女性のファッションについてです。

 

そもそも彼女たちが普段どんな格好をしていたか皆さんは想像がつくかしら。

スラヴ人とはいえ民族衣装なんか着ているわけじゃない。

無論、ソ連だからと言って皆が軍服や、中国や北朝鮮のような人民服を着ていたってわけでもない(まぁ、みんな似たり寄ったりな服を着ていたという点ではもはや一緒なのかもしれないが。。。)

 

それでもやはりソ連でファッションという概念は当初かなり軽視されていたのです。贅沢=ブルジョワはそもそもの敵ですから。

軍事一党独裁国家ソビエトにおいて衣服は二の次である。日常に不自由無ければデザインなんてさ、と思っている人も非常に多かった。

とにかく武器、武器、武器を生産するべく、すべてはお国のため、民需は全部後回しで、ロケット工場や軍需工場ばかりがフル稼働している有様でしたので、民需製品は常に品不足状態。

トイレットペーパーですら自国では生産することもままならない状況である(そんな国が何故世界で初めての有人宇宙飛行を成し遂げたのやら。。。)。

年から年中、戦時中みたいな国でした。

 

そして、そんな彼らの服のデザインを手がけるのも全て国営企業のお仕事。服を製作するのは政府の一部署にすぎません。 分かりやすい例えで言えば日本で服を作るメーカーがユニクロだけしか存在しない感じ。

つまり、ユニクロ共産主義

おっとこれ以上はいけない。ユニクロの悪口はここまでだ。ユニクロは立派な資本主義者です。間違いない。(だからなんだってんだ)

でも確かに我々もアウターなんかを全部こういうところで揃えちまうと、街中で似たような服を着た人と出会ってしまう率が若干高くなるでしょう?

最近のユニクロのデザインは実際なかなかシャレてるし、頑張ってるし、なんせ価格が安い。あれこれブランドを考えるよりずっと効率的であるのは間違いない。

服やファッションに対して興味もこだわりも抱いてない人にはこれ以上ないほどの助け舟になるだろう。品質だって悪くないのだから。

しかしメイドインチャイナによる大量生産ゆえに他者との差別化は難しくなるし、全部をそこで揃えようとすれば、どうしても「あの人、ダサいよ」などと陰で指を差されがち。

日本人みたいな見た目(服装)やブランドをやたら気にする民族からの風当たりというのは強い。

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ソビエト社会主義共和国連邦(笑)

つまりソ連という国では常時こんな感じだ。

どこへ行けども似通った服装の人間が行き交う。それでも、お互い見慣れてるし何とも思わないようだが。(ほんまかいな)

ダサいなどと言ってらんない。

だって買うところがユニクロしかないんだもん。。。

しまむらとGUとユニクロが覇権を争う日本の田舎より悲しい現実だ。

最近じゃ無印良品も頑張ってるし何より質がいいので第四の勢力と目されている(長くなるのでこの手の話はまた今度)。

 

そんな状況でも、なんとか工夫して他人とは違った個性溢れるおしゃれをしたいと思うのが女性の気持ちです。これに国境などない。万国共通です。どんなに高い鉄のカーテンでもやすやすと乗り越えるのだ。

そこで彼女たちは少々高価でも海外(西側)から輸入されてきた衣服やブランド品を手に入れようと奔走したのです。男性の目がどうだとかモテたいとかなんかじゃなくて、女性は常に可愛くありたいもの。鏡に映る可愛い自分を見て安心したいのです。

ソビエトの男性にはこんな女性の気持ちってのはなかなか理解されなかったらしいが。

自国では資本主義を否定しているので、みんなが好き勝手作って売るわけにはいかないけど、輸入されたものを買うのはセーフだったようで(もちろん売るには当局の許可が必要)。

でも品不足のソ連じゃそもそも国産の衣服を買うのだって一苦労だ。ダサいから輸入物の服が欲しいと駄々こねて喚いても、ソ連で輸入品を買うのは至難の技。

自国製品を買うのだってしんどいのに海外製品なんて夢のまた夢だろう。。。

 

さて、もはやソ連の風物詩とまでなったのはこの見事なまでの行列ですね。

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一体何故こんなアホみたいな行列があちこちにできたのかというと、最初にお話ししました通り、兵器の作りすぎで国民の生活必需品の生産は全て後回しにされていたので、慢性的な品不足が生じていたからです。

共産主義国なので当然働いてきちんとノルマを果たせば、みんなお金は平等に与えられていましたが、いくらお金があっても欲しいものが手に入らないんじゃどうしようもないよ。

ルーブル紙幣?そんなハイパーインフレ状態のマルク紙幣みたいな紙屑なんかより、着実にモノが手に入る配給切符を寄越せ。

モスクワやレニングラードサンクトペテルブルク)のような大都市へ住もうにも土地や物件は余っておらず、家はそもそも購入できない、マンションにも入居できない、そのせいで酷いあばら家に住む…なんて事案も多くありました。

結局お金を平等に持ってても、手に入る物の質や量によって格差が生まれる。

これが共産主義国の実態です。所得がいくら平等でも、どうにもならんもんはならん。

完全無欠の共産主義なんて永遠に成し得ないのがお分かりいただけるでしょう。

 

この長い長い行列、初期の頃は順番がごちゃ混ぜになったり横入りが生まれたりと混乱もさぞ酷かったのでしょうが、これも徐々にソビエト式に洗練されていきます。

並んでいる最中にも一旦列を抜けられるように(だって何時間と待つ羽目になるので)、人々は自分の一個前に並んでいる人に今並んでいる順番を聞いて、その次の番号をボールペンやサインペンで手のひらに書き込みます。

後ろも同じ。みんな手に自分の番号を書いて、順番が近づくまで他所で他の用事を済ませたりしていたそうですよ。

 

さて、ようやく自分の番が回ってきた、というところですが…お店の中に並んだ品物を見渡しますが、この時、並んだ順番が遅かったほど店頭に残っている品物の数は当然少なくなっています。

もしくはせっかく並んでいたのに何一つ物が残っていなかったとか。

ソ連はあれです、やっぱコミケです。日常が数少ない同人誌の奪い合い。

 

話が徐々に脱線気味ですが、そんな風にせっかく海外ブランドを手に入れようと意気込んでお店に並んでも、早く並ばなくちゃいいものはなかなか手に入らない。

ちょっとズルいけどお店の店主と事前に仲良くなっておくことで「○○日に海外製品が入荷するよ」などという情報を事前に得ることができ、その店の前にいち早く並んでしまう、なんていう手法もあったりしたそうです。

ちなみにソ連では、街中で行列を見かけたらとりあえず何を売っているか分からなくとも並べという教えがあったので、みんなそんなスタンスで生きていました。

並んでいれば何かいいものが買えるかも〜くらいの気持ちですよね。

今日は絶対にこれを手に入れるぞ!と意気込むほど手に入らなかった時のショックは大きくなるので、ロシア人のこの姿勢は我々も見習っていきたいものです。

 

もちろん官僚のようなエリート男性と付き合うとか結婚することで海外ブランドを手に入れるハードルもぐっと下がったそうですが…なんかそれは、もう裏技というかなんというか〜なので省略。

特権階級(ノーメンクラトゥーラ)というか、赤い貴族とでもいうべきか。

共産主義の矛盾である。

 

さて、海外ブランドもなかなか手に入らない。じゃあどうするのか。

自分で作ってしまいましょう。

当然に、このような考えに至ったわけです。

自分で作って自分で楽しむ分には特に規制もありませんでした。

布地や糸はまだ既製品に比べて手に入りやすかったのです。

東欧の布地はレトロ感あってとても可愛い。ワンピースなんかは簡単に作れるという理由もあってかかなり人気でバリエーションも豊富でした。

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既製品か自分で作ったのか分からないが非常に可愛らしいワンピース。1960年代頃の写真。

そもそも書店などに足を運ぶと衣服のファッション専門誌や、型紙が付いている本まで売っていたほど。

70年代から80年代にもなるとソ連政府がいかにも自分で作ることを推奨しているのかと思ってしまうほど店頭に並んでいる本や雑誌の種類も非常に多くなっていきました。

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1957年の様々な服を紹介する本。この当時、オシャレに対する関心はまだまだ薄かった

もしくは衣服を作れるメーカーや専門家に布地を渡して直接依頼し作ってもらう、という手段もありました。オーダーメイドというやつです。

もちろんそれなりに高額な出費にはなってしまいますが、他の人とは異なったデザインのコートを一着持っているだけでもその優越感は凄まじいもの。

文豪ゴーゴリの『外套』という本にもなるくらいロシア人のオリジナルの外套=コートに対する思い入れは強い。

確かに冬の長いソ連でアウターは特にこだわるべき一品です。異論はない。

 

さてここまで述べた通り、自分で作るのもいいし輸入品を着こなすのもいいのですが、実際に品質だけで言うとグムといったモスクワのデパートに並んでいるソ連製の衣服の方が、デザインの品揃えは最悪だけれど何年も着回すことができて、とっても丈夫だったそうです。

ソ連製の衣服に関してはダサいだとか種類が少ないだとか不満や悪口が多いけど、良い点もたくさんありました。

一応念のために擁護しておきますね。

ごわごわするやつばっかだけど。特に綿のストッキングは丈夫だけど不評だったりとか。国民すべてに供給するためにどんな衣服のサイズもきっちりとした規格が定められてたりとか…ウール製の制服は汗を吸い込んで臭いとか、とにかくダサいとか(あー結局悪口だ)。

 

それではソ連時代の87年から89年頃に雑誌で紹介されていたオシャレで可愛いお洋服を紹介していきましょう。

この頃のソ連は崩壊も間近に迫っていてゴルバチョフによる改革=ペレストロイカも進み様々な規制が取り払われ、おかげさんでソ連人民のオシャレ感覚も飛躍的に進歩しました。

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下の方には『これらのジャケットは、ズボンにもよくマッチする』という説明書きが。

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レターエンブレムと書かれている通り、キリル文字をデザインとしていますね

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スコットランド製のセーター。散らばったチェック柄と右肩の紫の色合いが男を引き立てる〜などと書かれている。

 

おまけにはなりますが最後はソ連の子供達の制服を紹介して終わります。

こちらはもちろん全てがソ連国産の制服。

みんな一緒だけど、デザインは古風で可愛らしいし、なんだかんだ言っても人気です。

こういう制服は上の子のお下がりを貰うことが多かったそうですが。

ちなみにソ連エストニア共和国(91年にソ連から独立)なんかでは三年に一回ほど新品と交換になったりしたそうで、連邦の中でも共和国によって待遇が違ったりしました。

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メイド服みたいなデザイン。学校の低学年など

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髪の毛の飾りも含めて非常に可愛らしいですね。

上の制服の原型は帝政ロシア時代からありますし、もちろん現在のロシアでも着られているというので大変息の長いデザイン。

 

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こちらはピオネールの子供達。ピオネールとは日本で言うところの”ボースカウト”です。

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こちらもピオネール

ピオネール青年団は、世界がイギリス発祥のボーイスカウト連盟に突き動かされていく中、ソ連独自に発展した組織で、やがては東ドイツなどの東側同盟諸国の間でも広まりました。

ボーイスカウトと基本的な活動内容は一緒でも、入団するためにはある程度の成績優秀者でなければならないだとか、年齢制限があったりとか、いろんなハードルがあったとか。

式典で行進したりサマーキャンプで共産主義思想を教え込まれること自体がというより、胸元に輝く彼らの赤いスカーフやレーニン肖像画が刻まれた赤いバッジこそが少年少女たちの心を何よりもくすぐったのです。

クラスでピオネールに所属していた子供は、周囲の子供たちから渇望の目で見られていました。

 

いかがでしたか。ソ連の衣服に対するイメージが変わってくれれば自分としても本望です。

それでは次の機会にまたお会いしましょう。

 

 

 

 

欧州遠征録【5】ローテンブルクの中世犯罪博物館。

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今回は尺の関係もあるので余談は極力省きたいなぁ〜とかなんとか。

いやはや毎回長ったらしくて本当に恐縮です(反省はしていない)。

 

ここ最近の動向ですが、やっと引っ越しが完了して5年間住んだ関西にさよならしたぞ〜と思いきや、今度は何かと言うと公務員試験の勉強にあてがわれる日々。憲法や法律の判例を延々脳みそに叩き込んでいるが、一体俺は何を目指しているのかという気持ちにもなる。

国家の犬に成り下がる覚悟は正直まだまだなんだが(このブログがバレると共産主義者であることが白日のもとに晒されてしまうので大変)頑張るしかない。

 

自分でも驚いたが勉強するのは案外楽しいのであまり苦ではないが、こうやって合間にブログを書くのは本当に良い息抜きになるね。

なんにせよ旅行記の続きは正直一ヶ月ぶりくらいなので待っていただいた方々には大変お待たせして申し訳ないというお気持ちです。

お待たせしました。それではさっそく始めていきましょうか。

 

2016年9月12日。我々はディンケルスビュールで心地の良い朝を迎えた。

昨日の疲れがまだ残っているものの5時ごろすぐに目を覚ます。旅行に来てからというものやけに早く目覚めるのが常態化してしまっていた。

これが時差ボケってやつか???

それにしても今日この街を朝7時半には出なくちゃいけないとは、おかしいな。。。

だがディンケルスビュールからローテンブルクまでの電車なんて無い。

ローテンブルク行きのバスは朝7時41分のやつ、その次は10時半…。

この辺の交通の便の悪さがディンケルスビュールに観光客が少ない理由なのは明らかだ。

ローテンブルクを午前中で十分に観光して夜までにドレスデンに到着したいなら当然、朝7時半のバスに乗るしかないってわけだ。

ローテンブルクからドレスデンまではグーグル先生の乗り換え案内だと5時間近くかかるという噂。

おい誰だ、こんなにも真綿で首を絞めるような旅行日程を組んだのは。

 

ドイツは思ったより広い。それが今回の旅の教訓でございまして。

訪れる際には余裕を持ったスケジュールを。

6時ごろに朝ごはんを食べるため一階に降りる。

こぢんまりとした自宅の食堂みたいな小さな部屋だ。二人がけのテーブルが二つか三つほどしかない。

一応ビュッフェ形式なので近くに並んだトレーの上からパンやハム、チーズを自由に取る。給仕はおばさま一人だけ。コーヒーか紅茶かを選べたので紅茶を。

まるで貴族にでもなったかのような気分を存分に味わう。

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今までで一番おしゃれだなあ

ああ〜〜今日がディンケルスビュール最終日ねえ、、、

昨日の魔法にかけられたような余韻はいまだに消えない。できればディンケルスビュールじゃなくてもいいからローテンブルクあたりでもう一泊したいくらいよ。

もはやロマンチック街道上で死にたいまである。

 

部屋を出ようと荷造りしている間にも聖ゲオルグ教会の鐘が近くで打ち鳴らされていた。

ゴンゴンゴンゴン

しかし、すごい音。こんなに耳元で鳴らさなくても。

(カーテンを開けたらでかい教会が見える見える…)

そうか教会の真ん前なんだよなぁこのホテル。。。

脳内に直接響いてくるこの音で街の人たちはみんな目を覚ますのだろう。

まだ鳴り止まぬ鐘の音を聞きつつ、人通りのない街路をバックパッカーなる二人の日本人がトボトボ歩く。

ところで朝の街は朝の街で大変趣があっていいものですね。朝日が城壁を美しく染めているんですよ、昨日もパシャパシャ撮ったばかりだけどこの日もカメラを手放すことはできませんでした。

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本当に絵画みたいだね

城壁を越え、バス停に向かうとバスは時間通りちゃんとやってきました。

ちょっといかつい強面のおっちゃん運転手にお金を払うと面倒臭そうにしながらも切符くれました。

バスに乗っていたのは我々二人だけで、ある意味貸切状態。

そしてもちろん、運転は荒い。荒すぎる。

棒に掴まってなきゃ余裕でぶっ飛んでガラス突き破って死にます。さよなら。

シートベルト?そんなもん、はじめからねえぜ。

 

なぜヨーロッパに来て初めに死を悟る場所がバスなんだ、おかしいだろ。

おい池上彰最新のヨーロッパ情勢を聞かせておくれ。

北朝鮮工作員に拉致られるかISのテロに巻き込まれて死ぬのならまだしも、こんなことで死ぬのは非常にダサい。

 

って、おい聞け、言葉がわからなくともこの出川哲朗もびっくりな我々のオーバーリアクションを見て何か思うことはないのか運転手。

ギギーーーーッ(凄まじいブレーキで飛ばされかける我々)

(怒りに震える手で棒を握りしめる)さては聞いてないな。ジャップの観光客がミキサーにかけられるのをバックミラー越しに楽しんでやがる。

お前はドイツ版デヴィ夫人か。

え、…うそ、…デヴィ夫人…!?(人は死ぬ前に幻覚を見る)

ちびくろさんぼのトラみたいにシャッフルされすぎて、あやうく黄色いバターになりかける我々。

 

ご存知かしら?醜いジャップどもは、かき混ぜればかき混ぜるほどに、とぉーっても、お上品なバターぁになってしまうのでごぉざぃまぁすのよアナタ。ゴフフ

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デヴィ夫人はこんなこと言わん。

つ、疲れた。。。てかそもそも

海外に来てまで絶叫アトラクションに乗りたかったわけじゃない。

アトラクションってのは安全が担保されて初めてアトラクションの体を成すんですよ、安全の保証されてないもんなどアトラクションとは呼ばん。

アトラクションに乗りたきゃUSJに行け。

ちなみにフランイングダイナソーがおすすめ。

 

そんなわけで数十分後、悪夢のバスは見知らぬ町のバス停に停車し、下車して、乗り換えのために他のバスを待つことに。

 

次のバスも時間通り停車しましたね〜。

平日のこの時間帯とあって利用客はやはり我々以外誰もいません。

だから今回も大きな車体は、またもや二人の貸切状態。

貸切だからなんのメリットが、って感じだが。

 

さて、乗り込んだバスもやっぱりアクセル全開、すっ飛ばしで走る。

まあでも、流石に慣れた。

こうやってドイツに住む人間はアウトバーン(ドイツが誇る速度制限のない高速道路)に適応していくんだぜ。危険な民族さ。

 

さて、ひとしきり揺さぶられた後どっかのバス停でまた乗り換えのために降車します。バス停でうろうろしていた我々を気に留めたのか、先程降りたばかりのバスから運転手のおじさんがわざわざ降りてきて、

「あんたたち、どこに行きたいんだ?」

と聞いてきたので、ローテンブルクに、と答える。

「ローテンブルク行きはあっちのバス停から発車だよ〜」と親切に教えてくれて、運転手はバスに乗り込み、去っていった。

な、なんと親切な〜!!!

昨日のノイシュバンシュタイン城の奴らとは違う

素直に感動しました。そして言われた通りに待っているとローテンブルク行きのバスがやってくる。

数十分揺られたのち、ようやくローテンブルクに到着した。

 

城壁がとても大きいし、観光客らしい人の数からしても街の規模の大きさが伺える。

目の前にそびえる城門をくぐります。

いかにも古そうな、いかにもな城壁。上には見張り台が。

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くぐりました。

わーい。

そして門を抜けたところで真横を見つめると、まさかの、その城壁を登るための階段とかがあったりする。いやに古ぼけた階段だが。。。

え、まさか、この城壁、登れるんですか!?!?

と、驚いたので、登らない手はないでしょう。登ります。

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いえーい。

早速古ぼけた木とレンガなどで形作られた何百年という年季の入った階段を上がって、街を囲む城壁上の通路をぶらぶら歩くことに。櫓の上からはオレンジ色の美しい家の屋根が見渡せます。どの建物も非常に古めかしい。

 

長い通路みたいになっていて、横幅はギリギリ人が二人横一列で歩けるくらいの狭さ。 

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せまい、、、

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ながーーーい通路。旧市街全体をぐるりと囲っているらしい。

 向こう側から歩いてきた女性二人組のアジア系の観光客と途中出くわしたりもします。

 

頑張れば街をぐるりと一周できてしまうのだが、そんな時間はない。

正午過ぎくらいまでに街を一通り観光して、ドレスデン行きの電車に乗り込まねばならないのだ。ゆっくりすることもかなわない旅です。

というわけで一通り物見櫓を満喫したら再び階段を駆け下りて、ようやく市街地に入場。

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こういう門とかもくぐって、、、

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やあ、ドイツの猫さん、こんにちは

いやー、、、大きな旧市街です。

さぁ市内の観光は一旦置いといて、ひとまず本日の目玉であるローテンブルクの中世犯罪博物館へ向かう。

この博物館はやたらと日本人観光客が多いとか。

だって、ねえ。日本人は大好きだよね、魔女狩り

おかげさまで博物館に入るなり、目に飛び込んできたのはドイツ語と英語の説明書きに並んで、日本語の説明書きである。

すでに訪れる日本人の数の多さを物語っている。

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博物館の外観

 中世の時代に使用された拷問器具が山のように軒を連ねておりました。

そもそもこの博物館の建物自体、外観もそうだが中身も大変古めかしく、当時の牢獄をそのまま博物館に改装したんだとかなんとか。

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暗い階段を下っていくと、、、

地下に降りる途中、生々しい地下牢の跡が残されておりました。

石造りの地下牢に小さい天窓から光が差し込む。そしてそんな地下牢の真ん中には拷問用のトゲトゲのついた痛そうな椅子が置かれている。

あれに座れば痔になるのも待った無し。

慢性的に痔になりがちな筆者も、これには度肝を抜かれた。

これじゃあ何回痔になっても敵わん。。。

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ともかく、ここに縛り付けられた囚人は目を覆いたくなるような拷問によって悲痛な叫び声をあげていたのでしょう。恐ろしい歴史の凄惨な現場に自分は立っているなあと思いました。もはや痔どころではない。

棘一つない便座に座って痔になる我々は恵まれています。

 

ガラスケースに飾られる、かつての拷問器具はどれも痛そうですが、特に有名なのはこちらでしょう。光の反射で上手く撮影できませんでしたが、こちら、世界に数点しか現存していない貴重な拷問器具鉄の処女アイアン・メイデン)」

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説明するのもおこがましいですね。

ご存知の通り、中には鉄針がびっしり、閉じると当然、中にぶっこまれた魔女は蜂の巣だ。実際に使われたかどうかまでは不明ですが。

いやだって。。。

こんなん、拷問ちゃうやんけ、下手すりゃ即死さ。

被告を拷問して自白に導くのが魔女裁判の最たる目的なんですから、死なせるにしては早すぎる。

最初は散々に拷問して「はいそうです、私が魔女です😭」と、自白させるの。 

 

 

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はい。自白したら殺します。

情状酌量も容赦もないよ。

大陸における魔女の処刑方法は火あぶりが基本でしたが、イギリスでは首吊り等も積極的にやっていきました。

人間はどこまでも残酷になれるものです。

ヨーロッパ人は処刑方法や拷問方法を編み出す天才でした。

 

魔女裁判ってのは一種の集団ヒステリー。

そんな当時の一大ムーブメントの火付け役になったのはでした。

当時は活版印刷術が生まれて100年経つか経たないかの時代。グーテンベルク活版印刷術は革命をもたらし、それまで非常に高価で手の届かなかった本や聖書が比較的安価に(それでも十分に高価だったが)民衆の中に浸透していく時代でしたが、たくさんの書籍が世に出回ってくると、当然、今の時代でいうベストセラーなるものも生まれてくるわけですよ。

 

ええ、そうです、要は、その時代のベストセラーの本の中に、日常的に魔女が潜むというデマを書き込んだ愚かで浅はかな宗教裁判官がいたわけだ。デマをデマと判断するだけの冷静な知識なんて民衆にはありませんから、すぐに信じちゃうわけです。

当時の宗教裁判官ハインリヒ・クラーマーが書いた「魔女に与える鉄槌」という本の与えた影響はとくに計り知れないと言われている。

 

そもそも魔女狩りという行為自体は、けっこう昔からある。

1400年ごろの本の挿絵には箒に跨る魔女、いわゆる魔女のステレオタイプが登場しております。

妖術を使ったと噂された女(男)を捕まえて殺すような行為は散発的に行われていました。それを今度は組織的に、大規模に行ったのが16世紀以降吹き荒れた狂気の魔女裁判だったわけです。

ヨーロッパの大陸中あちこちの村や街で行われ、イギリスでもアイルランドでも、場所を変えて発見されたばかりの新大陸アメリカでも、魔女狩りは当然のように行われました。

こういうのを見てると、なんだか白人はこの世で一番残虐で野蛮であるという結論に行き着いてしまう。偏見は良くないが、これは揺るがしようのない事実だよ。

お前たちは一体今まで世界中でいくつの文明を破壊してきたんだ…?(素朴な疑問)

 

そんな奴らに捕鯨や人権問題でごちゃごちゃ言われてるんだ、説得力なんてもんは全くない。

あいつらが「あ、これは良くないな〜」と、ふと思いついたことを「じゃあ日本も同じ先進国なんだから同じことをしろ」と、強制したいだけなのだ。

自分の考えを他人に押し付ける行為は最も忌むべき行為だし慎むべき行為。それは国同士の関係以外にも、人間関係の基本中の基本。自分が正義だと思い込む人間はとてもたちが悪い。そんな人間ばかりだから戦争は無くならない。

他国の文化を理解しようとしない外人なんかいくら顔が良くても殴れ。以上。

何でもかんでも欧米スタンダードに合わせるのは間違っているよ。

 

〜った、話が完全に脇道に逸れてしまいましたね。

ところで、一番好きだった展示物をご紹介。

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こちらの仮面は、家畜や不気味な人間の顔をかたどった鉄のお面です。

汚名のマスク”などという展示名が記載されている。

魔女狩りとの直接的な関係があったかは不明ですが妙な噂を流したり、公衆の面前で下品な言葉を連呼した者は特にこのマスクを付け、鎖で街頭に繋がれて晒し者にされる、とかいう刑罰があったとかなんとか。

上の写真で舌が出ているのは、その人物が”おしゃべり”である証。

下の写真の豚のマスクなんて、息をするたびピーピー音が鳴るとか(真偽のほどは不明)。

「この豚野郎!」は、中世からずっと侮蔑の言葉だったわけですね。

豚さんも可哀想に。。。好き放題不潔な生き物と蔑まれ、そのくせ美味しく食われて、、、自然界じゃ生きてけないし、、、本当に不憫な生き物だなあとこの頃ますます思う。

やはり人間はそんな側面から見ても残酷である。

 

他にも、これなんてどうですか。

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厨二〜〜〜〜〜〜

これは死刑執行人のマントです。いかにもファンタジーに出てきそうな。。。

中世ドイツには厨二病が蔓延しておりました。

もはや当時流行っていた黒死病(ペスト)に並ぶもう一つの、最悪の病気だよ。

そして、そんなイカれた厨二病患者たちは敵を常に欲していた。いつの時代も、男は何かと戦うことに常に憧れているのさ。敵はなんでもいい。

ペストの流行によって多くの人が死んでいる時代ですから、何かしら妄想を張り巡らせた結果、”魔女”なんていう幻覚を見て、男に比べて断然力の弱い女性を主なターゲットにして殺しまくるわけです。

もちろん魔女狩りでは男性も数多く犠牲になったが、女性蔑視の風潮が魔女狩りの根底にあって、かつ、拍車をかけたのは確かである。

 

さて拷問博物館の展示にはひどくお腹いっぱいになったので、一旦博物館の中庭に出ましょう。

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首輪がしてあるので多分博物館の飼い猫だろう

またしても可愛いドイツ猫に遭遇。よく写真を撮らせてくれます。

新番組『らべるの世界猫歩き』でも始めてみよう。よろしくなNHK

毛並みが美しくて本当に可愛いし、和みますね〜。

 

んで、中庭を抜けると同じ博物館の別の建物に入ります。

あとちょっとだけ展示が続くらしい。

やれやれ、せっかく猫で和んだところだが見てやるか〜という軽い気持ちで入ると…

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焼くときのスタイル

うわ〜〜〜ひぃ〜〜〜ごめんなさい。。。俺が悪かった。。。

ありがとうございました。もうお腹いっぱいです。

他には特にこれといって珍しい展示もないので。。。もう他にいうこともないかな。

言いたいことはさっき散々喚き散らしたので。

 

そしてようやく博物館を出ます。

中央の市庁舎に面した大きな広場まで戻ってきました。

 

噴水のそばまで歩いてくると突然、同行者のTくんが叫んだ。

「畜生、うんこをかけられた!動けない」

何事かと思った。うんこ、、、?

よく見たら肩に白いものが。どうやら鳥の糞爆撃を食らったらしい。

その光景にひとしきり爆笑して、どうやら彼は荷物番をしてくれるというから市内を一人でぶらぶらすることに。この人は毎回ネタに尽きない。

 

おみやげ屋さんでいろいろなものを買ったりもする。

さて、犯罪博物館という今回の最大の目的を達成し、少し手持ち無沙汰になったが、こういう中世都市に来てやることと言ったら、やはりあれ。

店の軒先にぶら下がった看板のお写真コーナーの時間がやってまいりました。(多分二度とやらない)

この金属製の独特の看板を写真に収めるのが、実は旅の恒例行事になっていたりします。

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なんのお店だか忘れたが”ガルトホーフ”と書かれている

ラクトゥールっていうんですよね、こういうドイツの伝統的な独特のアルファベットのこと。

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ダイネ・ブッヒャンドルング…かな?

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カフェですね

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インフォメーションセンターですらこのクオリティ。。。

いろんなデザインがあって 面白い。これって、職人さんが一つ一つ金属を加工して手作りしてるすごい看板なんですよ。細やかな装飾が本当に綺麗ですね。一体どうやって作っているんだろうか。誰か工房見学のツアーとかやってくれないかな。

 

看板巡りもひと段落したところでお昼ご飯を堪能する。

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この地方の名産品であるワインをブルストとともにいただく。

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昼間っからワインを味わうらべる氏

 屋外で味わうお昼ご飯は最高だ。ザワークラウト(キャベツの酢漬け)が異常にドカンと盛られたブルストはワインにとても合います。いやわからんけど。実はビールの方が合うかも知れん。酔えりゃなんでもいいんだよ。

テラス席からの眺めもまた…

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う、、、うげえ。。。

本当にこの世の全てを手に入れたような感じ。なんだこの絶景。

ドイツの何が好きって、やっぱり何度も言ってる気がするが、この道の清潔感ですね。日本にいるとすっごく当たり前のことなんですが、そんな当たり前が実はすごく貴重なんだとこの旅で気づかされました。

あと窓に飾られた花だって、どの街でも当たり前になってて、すごく綺麗。

手入れが大変そうだけどすごくこだわってるんだよね。

 

この風景を一度生で見てから死ぬべきです。ローテンブルクに来て本当によかった。

さて、残念ですが…この辺でこの中世都市ともお別れしなければならない時間が近づいてまいりました。

 

このあと電車でドイツの端にある街・ドレスデンに向かうのですが、ここからドレスデンまでの旅の行程を書くと非常に長くなりそうなので今回はこの辺で切り上げたいと思います。うむ、非常に懸命な判断!

次にブログが更新されるのもおそらく一ヶ月後くらいにはなりそうですが、楽しみにしていてくださると私としても大変に嬉しい限りです。どうか気長に待っていてください。

 

ではではまた次回!

 

こうだったらよかったのに。こうなればよかったのに。大好きなミュージカル、ララランドと”シェルブールの雨傘”の話

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いや〜〜〜〜〜ララランドなぁ。。。 公開当初は感想書くほどの価値もない映画と勝手に切り捨てていたのだが、最近改めて観直したことで評価が180度ぐるりと変わってしまった珍しい映画だ。

微妙に感じても、なぜか頭の片隅に引っかかって記憶に残り続けていた妙な映画だったが、まさか、もう一度観たことで大好きな映画に変わるなんて…。

こんな映画、なかなかない

 

最近ここのブログは映画レビューに一歩ずつズルズルと足を引き摺り込まれていきそうな勢いだ。そのせいで別シリーズ・欧州遠征録の更新の方が、どうにも滞りがちになりそうなんだが許してほしい。

次はローテンブルクの拷問博物館の話をするからどうにか楽しみに待っててくれ。

みんな好きだろ?暴力とか中世とか魔女狩りとかな。

 

さて、この前も地上波でも放送していたらしいララランドですが。しかしな、金ローはCMを挟み込まれるばかりでろくに集中もできんから面倒臭くて実は観ていなかったのだ。

 

だが、幸いにも我々にはアマゾンプライムという伝家の宝刀がある。

現在そちらで絶賛無料公開中だ。映画好きで時間を持て余した基本的な人権すらあるはずもない無職ならば加入しない手はない。

もちろん普段が忙しいそこのあなたも。俺はアマプラのせいでここ最近はずっと映画ざんまいの日々を送っている。ほとんど毎日一本ずつ観ているのではないかな。

しかし過去に一度観た映画をもう一度見るのってなんか苦痛なんですよ。なんとなく。

苦痛ってか…なんてかほら、一度観た映画をもっかい観るくらいなら新しい映画を観て見識を増やそうだとか、そんな感じになるわけです。

だってほら、

人生における大事なことの8割は映画で学べるから。

どっかのお偉いさんもそんなことを言っているよ。

しかし人間ってのは、どんなに頑張っても昔観た内容なんてすぐ忘れちゃうもんだなぁ。

そもそも俺の脳みそは近頃ひどく劣化しているの。この前もマッドマックスのことをベイマックスと言い間違えて大変なことになってしまった。

つまり

ベイマックス・怒りのデスロード

こいつは強そうだ。

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ベイマックス

この言い間違いで完全にこいつはアホだなぁと思われてしまった、爆走する真っ白な巨体なんて子供が泣く。

 

そんな余談はどうでもいい。

とにかく最近ひどく言葉が思い出せず、なかなか出てこない。身体的な老化はいよいよ脳にまで達したと言える。

有名人の名前もろくに捻り出せない低脳チンパンジーが2年前、3年前、それより前の映画の内容なんてまともに覚えていられるわけがないのだ。

だから次々と新しい映画を見るのではなく、たまには振り返って昔観た映画をもう一度落ち着いて観てみようぜ、と今更になりようやくアマプラにてララランドを観てみようという決断に至ったのだ。

 

繰り返しにはなるがララランドを初めて劇場で観た時は、どうも好きになれなかった。

やはりどんな映画にでも言えることなんだが、先入観というのはあらかじめ捨ててからスクリーンに臨むべき、とひどく痛感したのは皮肉にもこの映画が最初だった。

 

楽しげに踊っている二人。夕闇に彩られる美しい情景。

予告で見たことのあるこれらの印象が、おそらくこの映画を、きっと幸せいっぱいな楽しいミュージカル映画として連想させたのだろう。

先入観というのは一種の期待に他ならない。

心のどこかでそうなって欲しいと思ってたのに、それが裏切られたというような感じだ。

期待が大きいほど裏切られたと思い込むのが人間の性。

劇場を出た後、一緒に観に行ってくれたTwitterの友人(フォロワー)に愚痴など散々吐いたものだよ。。。

なんかなぁ、二人の関係がこんな風に終わっちゃうなんて聞いてないぜ〜〜〜5年後ってなんだ。重要な過程を吹っ飛ばしてその結末はなさすぎる。せめて過程を描いて欲しいよ。。。

 

とまぁ、当時の俺はまさにそんなことを思っていたのだが、まさに愚の骨頂。

この無知さ加減と不満の溜まりようは人生に未熟な自分をまさしく物語っていたのである。

人との関わり方や接し方、生き方とかを学んだ今じゃ少なくともこんな感想にはならない。

だって劇中の雰囲気から漂ってくる微かな予感を拾い上げれば二人がうまくいかないのは明確なんだ。

夢がようやく叶いそうだなと思ったところで突然5年後とか、そんな風に展開を飛ばしたのは、そこを描く必要はないから。ダラダラ間延びするし。意図的に省いたんだろう。

描く意味はない。

当時の自分はアホだから、ミアとセブの二人の間に漂っていた微妙で不穏な先行きの暗い空気感を感じ取ることができなかったらしい。

映画の中の二人に蔓延っていた若かりし頃の過ちというか未熟さは、客席にぽつんと座っている自分にも当てはまっていたのだ。

 

ラストの、ミアがセブ以外の別の男性と腕を組みながら店に入るシーン。

そこからの展開が圧巻だ。

ステージの上でピアノを弾くセブを目にした瞬間、初めて出会った時のことが走馬灯のように彼女の頭の中を駆け回る。

一瞬何が起こったか分からなくなる。俺も初見ではここで酷く裏切られた気分になったが、でもそれは、こんなにも愛していた彼というものを改めて強く意識した瞬間。

彼との関係を左右した過去の分岐点の数々。選択肢。

今だったらこうすればよかったのに…なんて、あの時に選ぶべきだった選択は今ならちゃんと正解が分かる。はっきりしているのに。あの時は未熟だったから、冷静になれなかったから、何一つ分からなかったんだ。

こうだったらよかったのに。

こうだったら、二人が今も肩を並べて座っていたのかもしれないのに。

今、彼女の隣にいるのは愛した人ではなくて愛する人

人生は選択の連続だが、でも今までの自分の選択は誤っていた、なんて考えたくはないんだよ。

あの時の選択が間違っていると言ったら、今の自分の存在の否定につながってしまうから。

だが、それでも人っていうのはそれでも後悔するかのように、つい思い返してしまう。

皆さんにも、あの時の選択は誤っていたからもう一度選択肢の前に立ってやり直してみたいだとか、そんな人生における重要な分岐点はいくつもあったでしょう。

 

この映画を見た瞬間からふと脳裏に浮かんだ一つのミュージカル映画がある。

シェルブールの雨傘、という不朽の名作だ。

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キャッチコピーが美しいぜ。。。

これはフランスの1963年のミュージカル映画だが主役のカトリーヌ・ドヌーヴ演じるジュヌヴィエーヴについつい惚れ込んでしまう。

よく考えてみりゃ、ひどい女なのにな。

1957年、フランスの港町・シェルブールで傘屋を営む母親とその娘ジュヌヴィエーヴは一人の自動車整備工の男性ギィと恋に落ちるが、彼との結婚に母親は強く反対していた。

彼の夢は自身のガソリンスタンド・自動車整備工場を持つこと。

だが、それから間も無くしてギィは徴兵によりフランスの植民地・アルジェリアで起きた戦争に行くことに。

離れ離れになったことでギィとジュヌヴィエーヴの関係には徐々に亀裂が走っていくことに。

遠距離恋愛ってのはいつの時代もうまくいかないもんだよ。

ある日、ギィとの赤ん坊を身ごもった事実を知ることになったジュヌヴィエーヴは宝石商の男性に出会う。宝石商で仕事もできる裕福な彼と一人娘が結婚することには彼女の母親も非常に前向きだった。

もちろん最初は意地でもギィとの結婚に固執していた身重のジュヌヴィエーヴであったが、彼の優しさや一途さに惚れ込み、やがては結婚を決意してシェルブールを離れることになる。

 

そして、かつての恋人ギィが復員してシェルブールに戻った時、そこにはすでに彼女の姿などない。ギィは悲しみにくれて自暴自棄になる。

働いていた自動車整備工場も辞め、著しく心が荒みきっていた彼を優しく気遣ったのが昔からの友人マドレーヌだった。

次第に彼女の優しさに気づき、ギィはマドレーヌとの結婚を決意する。

 

そしてクライマックス。

ジュヌヴィエーヴの運転する車が久々にシェルブールを走り、給油のために一軒のガソリンスタンドに立ち寄る。彼女は小さい娘を一緒に乗せていた。

そんな雪の中のガソリンスタンドから一人、そっと姿を見せたのは、かつての恋人だったギィ。

こんなところで会えるとは微塵も思わなかったのに。。。

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どんな気持ちで二人は向き合っているんでしょうね。

 「あなたは、今幸せ?」と尋ねる彼女に、彼は一言「幸せだよ」と告げる。

ギィにも奥さんと子供がいるのだ。

それに、自分のガソリンスタンドを持つという夢を叶えている。

事務所。そばではキラキラと光るクリスマスツリー。

「(クリスマスだし)遅くなるといけないから」

ギィが車に乗るよう彼女に勧めて、二人は別れを告げる。

 

この名シーン、ララランドのクライマックスに似ているなぁと感じた。

そもそもララランドの中盤で、ミアがノートに「ジュヌヴィエーヴ」という名前を書き記し、カメラも、そんな彼女の文字をクローズアップしているのだ。

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"GENEVIEVE"の文字がはっきりとある

まさに”シェルブールの雨傘”を暗示するかのような演出。

この時点で二人の将来的な関係にはすでに陰りが見えていると言っても過言じゃない。

 

恋愛と愛情は違う。

恋は一時の気の迷い、なんて言い方もされるが本当に一時的なもんだ。

いつか、ふとしたことで相手の心が離れるのなら、それは恋だ。

恋ってのは相手と手を繋いでいる一方で、相手の足を踏みつけている関係だよ。

俺はいつもそう言っている。

足を踏みつけなくてもよくなったら、本当の愛になる。

出会ったばかりの恋人ってのは互いに信じあえなかったり、実はどこかで分かり合えなかったりするもの。だから相手と喧嘩して別れを告げられたりしても仕方ないじゃないか。

きっと二人の間に本物の愛情なんて存在しなかったんだからさ。それで裏切られたなんて思っちゃいけない。

ただ相手と上手く手を繋げなかっただけ。足だけ踏まれてりゃ誰でも逃げていくよ。

自分に無いものを相手は持ってるだとか見た目が好みだとか、たとえそんな部分に惹かれたとしても本当の愛情と思い込んじゃいけないよ。

恋は盲目なんて言うだろう、相手のダメなところも好きだと思い込めばこそ魅力に映るもんだ。

そして所詮、そんな脆い関係なんてさ、お互いの心がふっと離れた瞬間簡単に引き裂かれる。遠距離恋愛でお互いが上手くいかないのは愛がなくなるから。

それか、元々存在していなかったか。

 

だから恋と結婚は違う。

バンドマンのような格好いい男に恋してても、結局結婚するのは高校時代のなんてことない平凡な優しい友人、なんて話はよくある。

遠くにいても、いつでも互いのことを思いやったり支えたりして、会えなくてもどこかで必ず心が繋がっていた。そういうのが愛情だ。

だから遠距離恋愛ってのは、それが恋なのか愛なのかを測るリトマス試験紙なんです。

 

皆さんにシェルブールの雨傘の名セリフを紹介しよう。

ギィとの子供を身ごもったと知った孤独な主人公ジュヌヴィエーヴに母親が言った言葉だ。

 

「宝石商さんが、あなたのお腹に赤ちゃんがいるって知ってもあなたのことを愛すると言ってくれるのなら、それこそが本当の愛だわ」

 

宝石商はギィとの赤ちゃんを身ごもっていた彼女に、それでも好きだと伝える。

そんな一生懸命さにジュヌヴィエーヴは惹かれ、彼と結婚するのである。

そして彼女は女の子を生んだ。

 

ジュヌヴィエーヴはかつてこんなことをギィに言っていた。

「あなたとの赤ちゃん、女の子ならフランソワーズって名前にするわ」

そして時は流れて、クライマックスのガソリンスタンド。

夢を叶えたギィが、彼女の車に乗っている子供の名前を尋ねると、ジュヌヴィエーヴは「フランソワーズよ…」と呟いた。

 

こんなにも胸が苦しくなるシーンはなかなかあるまい。

それだけじゃない。一方で、ギィとマドレーヌの間に生まれた男の子の名前は「フランソワ」なのだ。

二人の間で交わされた約束は、二人の子供の名前として残っている。

二人の心に刻まれた愛は、まだ完全には消えていなかった。。。

 

ララランドのクライマックスでも最後、8ミリフィルムで二人の幸せな結婚生活が映し出される名シーンがある。

映像に映る二人の間には小さな子供もいる。

こうなればよかったのに。という彼の想いが可視化されているのだ。

だが、そんな彼の想いも虚しくフィルムは途切れて、カメラは現実でピアノを弾くたった一人のセブを映し出す。

 

別の道を歩んだ二人が顔を合わせる瞬間はそんな風に残酷なのに、とても美しい。

シェルブールの雨傘では最後、ジュヌヴィエーヴがギィに「今幸せ?」と尋ねるが、別れて、それなりに年数を重ねた男女が再会した時に巻き起こる溜まりに溜まった感情を一言で端的に言い表せば、きっとこの言葉が最もしっくりくる。

胸が締め付けられるような鋭い切なさに襲われても相手を気にかける気持ちは、あの時と微塵も変わりはない。

むしろより強くなっているはずだ。

自分が好きになった人には、誰よりも幸せになってもらいたいから。

 

ミアが店を出る直前セブに微笑みかけるシーンも、やっぱり幸せそうに夢を追いかけている現在の彼を見れて安心し、そして自分たちはそれぞれ違う道を歩んでも歩み続けることができるんだと、そんな確信を抱く名シーンなのだ。

言葉にしなくても表情だけで相手の想いは伝わる。

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このシーンに良さが詰まっている

そしてミアはかつて愛した彼に背を向ける。

決して振り返ることはなく、今愛する人と新しい道を歩んでいく。

 

非常に美しい映画だと実感するまでに時間がかかり過ぎてしまったララランドだが、今なら胸を張って好きだと言える。

 

いい加減にBlu-rayでも買おうかな。

なんにせよ、もう一度劇場で観たい名作映画であることには違いない。

それでは、このへんで。

 

 

 

メリーポピンズ

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観る気は無かったし、ましてやレビューをあげることになるとも思わなかったこの映画だがまだ余韻が消えぬうちにと感想文をつらつら書くことにした。というか気づいたら書いてたわけよ。筆が動く動く。

 

最初に一言。最高と言わせてほしい。

しかし映画がどう最高だったとか、そんな分かりきったことをわざわざ書くのも気がひける。。。

感想文なんかそもそも下手なんですよ昔っから。

全然書けへん。ろくに書いた試しがない。

それに加えて俺の脳みそに眠っている語彙を捻り出すだけのおつむも足りねぇ、、、

なんだよ結局ありきたりな感想に終始してしまいそうだな、まぁ、それでも勘弁してくらさい。

 

メリーポピンズ・リターンズはここ最近ではなかなかの良作である。

音楽映画に弱すぎるというので完全にこれは俺による贔屓目の評価だが。

だって音楽がよすぎる、衣装がよすぎる(可愛すぎる)、時代背景がよすぎる(世界恐慌と言うと1929年か)ので完全に俺好み。

女優さんも非常にお綺麗。俺のイチ押しは主人公・マイケル・バンクスの姉、ジェーン・バンクス役のエミリー・モーティマー氏。この方はとっても可愛らしい。

仲良し兄弟のせいで、こっちの頬も緩みまくってしまう。

 

ちなみに本作は1964年に発表されたメリーポピンズ(初代)から約20年後のお話。

なのでこの主人公の兄弟は子供の頃メリーポピンズに教育を受けていたってわけだ。そして本作ではそんな父親になった彼マイケルの三人の子供達のもとに、全く老けないメリーポピンズが現れてストーリーが展開していく。

前作を観たのは中学の時だから、それからほとんど10年も経過しており正直その内容なんて全部頭から抜け落ちていた。

ああ〜〜〜もう一度ちゃんと観ておけばまた面白みも増えたんだろうなあ。

なので、前作を観なくても本作だけで十分楽しめるのだが、ぜひ前作をおさらいしてから観にいくことをオススメしたい。その方が百倍楽しめる。

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幼少期の兄弟(1964)

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それがこんなにいい大人になっちゃって。。。

音楽に関してはもう…聴くだけでウキウキしてしまう魔力があるわけで。完璧だ。

つまりディズニーランドに来たような気分だ。映画館がテーマパークになったかと錯覚してしまう。

1800円払うだけでインパできるんだぜ?(滅茶苦茶な謳い文句)

まぁ、べた褒めだけじゃあ感想としてはあれなのだが、しかし厳し目に見ても中盤の中だるみを除けばなかなか良かったんじゃないかな、と思う。

少し集中力が途切れてしまったのがね。

映画の世界に無事のめりこめていたかどうかの一つの判断材料、指標として自分の腕時計をちらりと確認するかしないか、というのがある。

今回はまだ終わらないのかなと、途中に一度ちらりと時計を見てしまったので自分的にはきっと映画の中盤、どうしてもやや退屈に感じたのかもしれない。

 

洋画は字幕の方がいいのは当然なんだが、字幕ばかり追ってると映像(たとえば役者の表情だとか舞台の作り込みだとか)を落ち着いて見ることができなくなっちゃうんですよね。ミュージカル映画は特に、歌詞ばかり追ってしまい、肝心の踊りなどをじっくり見れなくて少し疲れるのだ。

うーん、これは映画を観るときの本当に大きな悩みである。

かと言って日本語の歌なんか聴きたくはないしな。などと。

冒頭1時間の気持ちの高まりがちゃんと映画のラストまで持続できなかったのには、おそらく、いささか自分の心も荒んでいるからだろう。

そういうことにしておいてほしい。

おそらく純粋無垢な子供時代から何も変わらない綺麗な御心を持った紳士淑女の皆様におかれましては、さぞ映画を通じて魔法がかけられたことでしょう。。。そうであることを願いたいものです。

 

しかし、そんな荒んだ心を持つお方にこそこの映画を観るべきとオススメしたい。

かつてメリーポピンズに教えを乞うた主人公の二人の姉と弟の兄弟、とりわけ弟の方は結婚して奥さんを亡くし、子供の頃のような純粋に物を見る心をすっかり忘れてしまっている。

ここ最近のディズニーがよくやるノスタルジー攻勢だ。

社会という巨悪に呑まれて枯れ果てたつまらん大人となり、未だにのうのうと生き恥晒しながら生きている観客どもに子供時代のノスタルジーを突きつけて攻撃し、涙腺を破壊するのだ。非常にタチが悪い。俺だってそんな醜悪な観客の一人なんだよ。

だが、まんまとこの商法に負けてしまうのが人間の弱さだ。

人間は懐かしさには決して打ち勝つことができない。

だろう?俺だって高校に戻りたいってこの頃はますます思うね。大人の今の方が楽しいはずなのに、結局懐かしさにゃ抗えねえってわけさ。20歳中盤に差し掛かると大抵皆そんな境地に至るらしいよ。

 

子供という純粋で曇りのないレンズを通して主人公が大切なものに気づいていくという過程が楽しく描かれるストーリーだが、特に好きなのがアニメーションと実写の融合だ。俺が一番好きなディズニー映画は断然魔法にかけられてなのだが、本作でもあれに似た技術が非常によく活かされていたんじゃないかな。

全てがIf。この世界に入り込めたら楽しいだろうなあという気持ちだとか、逆さまになったら面白いだろうなあ、とかいう気持ちをメリーポピンズはさっと汲み取って、それを彼らの前で実現しちゃう。

夢なのか現実なのか分からない。

いや、そんなことはどうだっていいんだ。

とにかくIf。想像の大切さ、それを教えてくれるのです。

自分がこの映画を観ていてじーんと来ちまったのはここ一年、頑張ったつもりでも、やること為すこと何もかも全部が裏目に出て失敗ばかりで、自分という人間はどうしようもないなぁと思いつめていたためだろうか。

だから、ちょっと見方を変えてみるだけでいいんだよ、と、この映画がちょっとした救いをくれたような気がした。

そしたらきっと上手くいかなかったことももう少し上手くできるかも?

ただがむしゃらに頑張るだけじゃダメらしい、努力の方向性が間違ってたら、いくら努力しようったって上手くはいかない。だから子供の頃のような自由で純粋で柔軟な発想ってのは大事です。決して侮ることなかれ。

子供は大人の背中を見て育つし、大人の真似をして育つ。

お箸の持ち方とか、お喋りの仕方も全部。

子供の好き嫌いの原因は実は親にもあったりする。

そんな風に子供は親から大事なことを学ぶが、でも大人こそ子供からたくさんのことを学べるのです。というか学んでほしい。

歳をとるにつれて人間は保守的になるし頑固さに磨きがかかるもんだが、子供のような堅苦しくない自由で夢見がちな考え方もどこかできっとあなたの人生の役に立つはず。

視野の狭い人間は何をやってもダメ。

冗談も通じないつまらんおっさんになんてなっちゃいかんよ〜

 

上手くいかなくて煮詰まってて悩んでる人も、やり方変えたりひっくり返したりしただけで、実は簡単な答えがすぐそばにあったりするかもしれない。

メリーポピンズを観て、皆さんも今一度童心に帰ってみてはいかがだろうか。

 

日本人には難しい摩訶不思議なロシア人の名前

さて、今日はヨーロッパの旅行記から一旦筆休め的に趣向を変えて、世にも奇妙なロシア人の名前についてお話ししていきたいと思う。

 

ロシア人の名前ってほんと奇妙なの。。。でも調べれば調べるほどに面白い。

世間的には〜スキーとか、〜ヴィチ、〜コフを名前の語尾につけりゃそれでロシア人っぽくなるだろう、それでいいだろ、とかいう適当な思い込みがあるが、全然良くない。ロシア人を侮辱するな。ロシア人の名前はそんな単純な話でもないんだぜ〜。

そもそも、それは女性形か男性形かによっても変わってくるというのは声を大にして言いたいところ。

それよりもっと日本人に馴染みのない風習が、いわゆる父称という習慣だ。

 

ロシア人で一体、みなさんは誰を最初に思い浮かべるだろうか。プーチン大統領

俺は真っ先にプーチンを思い浮かべてしまうのだが。ではさっそく、そんな彼の本名を例にして根掘り葉掘り考察してみよう。

彼の本名は、ウラジーミル・プーチン

世間的にはこれで終わりといきたいところだが、ここでロシア人の名前の一番の特徴である”父称”なるものを挟み込んでみる。

まぁミドルネームというやつだ。すると、

 

ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン

こうなる。

 

父称というのは何か?それは父親の名前からもらった名前、ということさ。

つまり、ウラジーミロヴィチ=ウラジーミルの息子という意味がある。

 

プーチン一族の、ウラジーミルの息子の、ウラジーミル

というのが、簡単に言えばプーチン大統領の本名の意味だ。

名前の語源はヴラディ(支配せよ)+ミール(世界、平和)=ウラジーミルなんですけど、それは本件とは関係ない物騒な話なのでまた別の機会に

 

だからロシア人の名前ってのは、つまり、名前+父称+姓で構成されるのだ。

せめてこれだけは覚えて帰っていただきたい。 

あれだよ、すげえわかりやすく言えば

山田太郎くんのお父さんが山田小次郎だった場合、山田太郎の本名は、タロウ・コジローヴィチ・ヤマダンスキーになるわけよ。

 

そんな奴はいない。

 

冗談はさておきプーチンという姓はロシアでは珍しく、一説によればかつて帝政ロシアを牛耳り崩壊に導いたとされる妖僧ラスプーチンからきている、とも言われている。

ロマノフ王朝が崩壊した遠因にもなったわけだから、ラスプーチンという姓は縁起が悪いとされた。

そこでラスを取り除き、プーチンだけが残った、という具合だ。

まぁラスを除いたところで結局ラスプーチンと同じように、彼が良くも悪くも現代ロシアに絶大な影響力を持っているのはとても不思議なことですがね。

 

ちなみにロシアで一番多い姓がスミルノフ(1.8%)だそうな。

語源はロシア語の形容詞・スミルヌィ(温和な、従順な)という意味。

ロシア人が穏やかなもんか。

確かにそのご指摘、ごもっともです。

他にもイヴァノフ(イワンの息子)だったり、クズネツォフ(鍛冶屋)だったりが多い姓らしい。

 

もちろんプーチン大統領のようにウラジーミルの息子のウラジーミルがいるんだから、あのでかいロシアやウクライナベラルーシには、イワンの息子のイワンだって存在するのだ。

 

その場合、イヴァン・イヴァノーヴィチになる。

さて、そんな彼の姓をイワノフにしてみよう。

するとイヴァン・イヴァノーヴィチ・イヴァノフとなる。

 

日本語にすると、

イワンの子孫の、イワンの息子の、イワン。

 

つまり、イワン・イワン・イワン。

 

ゴリラの学名みたいだ。

ロシア全土にお住いのイヴァン・イヴァノーヴィチ・イヴァノフさんに大変失礼だが日本人からすれば本当に奇妙な名前。

かの有名な文豪ゴーゴリの著作にも、そんな奇妙な”イワンの息子のイワン”をネタにした本があるのでそちらも是非参考にされたし。

 

本来は姓そのものに”〜の息子”という意味が入っていたのが、それは16世紀、ロシアの歴史がまだ始まって間もない頃。その時代の名前というのはイヴァン・イヴァノフ(イワンの息子のイワン)と表記するのが一般的だった。だから父称はこの時点ではまだ存在していない。

他にもピョートルの息子って意味のある”ペトロフ”という名字もある。

イワン・ペトロフ(ピョートルの息子のイワン)というロシア人もその頃から存在していたってわけだ。

しかし親から子へ、孫へと世代が進むにつれて本来”〜の息子”という意味のあったペトロフやイワノフ、他にもマカロフ(マカルの息子)などの姓が、

もう今の父親の名前はアレクセイとかミハイルだとか、全然違う名前なのに、

それらが本来の意味を成さずに姓として使われ続ける、という事態が発生してしまう。

つまり、こんな会話が生まれるってわけだ。

 

「やあ、僕の名前はピョートル・ペトロフ

「ということは君のお父さんの名前も、ピョートル?」

「はあ、何言ってんだいアホ、僕のパパはセルゲイだ。ピョートルなんて顔すら知らねえぜ、先祖にいたかもしれねえけど」

 

ロシア人は父親の名前をどうしても息子の名前の中に残したかったんでしょうね。

そこでロシア人は姓とは別に、ご丁寧に父称なんてものを作ってしまうわけです。

 

なので名字がペトロフ(ピョートルの息子)なんだけど、セルゲイの息子と名乗りたくてセルゲーヴィチっていう父称が生まれたわけだ。

 

じゃあ、〜の娘と言いたい場合は?

当然、あるわけです。

近年ノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチさんのお名前が微妙にややこしく、いい例なので取り上げることにしよう。

ややこしいのは彼女の姓が〜ヴィチで終わっていること。

だが一般的にロシア人女性の父称が男性名詞の〜ヴィチで終わることは有り得ない。

〜ヴナで終わることが一般的なのだ。

 

スヴェトラーナさんの本名は、スヴェトラーナ・アレクサンドロヴナ・アレクシェーヴィチ。

アレクシェーヴィチって父称なんかじゃなくて、れっきとした姓なんだよね。。。

ややこしいね。〜ヴィチで終わる姓ってベラルーシ人には比較的多いのですよ。

多分この場合は”アレクセイの息子”という原初の父称の名残なのかもしれませんね。ペトロフやマカロフなんかと一緒です。だからこの方の姓の場合は、”アレクセイの子孫の”という日本語訳が適当な気がします。

つまりスヴェトラーナさんの父親はアレクサンドル、ということが彼女の名前から伺えますね。

 

最近やけに脚光を浴びているロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世(本名・ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ)の末娘アナスタシアですが、

彼女の本名はアナスタシア・ニコラエヴナ(ニコライの娘)・ロマノヴァ

 

おや…?

みなさんお気づきかもしれないが姓の語尾も女性と男性では変わってきます。

 

簡単に例で表すと、

 

〜スキーで終わる姓は、〜スカヤ

〜ノフで終わる姓は、〜ノヴァ

〜コフで終わる姓は、〜コワ(コヴァ)

〜エフで終わる姓は、〜エワ(エヴァ

〜ニンで終わる姓は、〜ニナ

 

とかとか。

他にもあるかもしれないが。とりあえず女性形のAとかYaを語尾につけりゃいい。

しかし中性名詞の〜チェンコ、〜ネンコ(ウクライナ人に多い)は男女で変化しない。

 

まぁ、つまりチャイコフスキーの娘はチャイコフスカヤになるってわけですよ(適当)。

 

書いてる自分でも何を書いているのか何を言っているのかマジでわからん。。。疲れた。。。頭が混乱してきたし、読んでいるみなさんも頭が混乱してきたかと思うのでこの辺にしておこう。

これ書いてるのは全部早朝のテンションです。

これだけ分かってくれればロシア人的には十分。

お読み頂いて誠にありがとうございます。

 

◆総括◆

 

例題)

ワレリエフ家にようこそ。

父親はミハイル、妻のナタリア、その娘のソフィア、息子のアレクサンドル。

おじいちゃんはイリヤ(父方)。もう一人のおじいちゃんはイワン(母方)。

さあこの場合の4人(父、母、息子、娘)の、それぞれの本名はどうなるでしょうか。

 

解)

父→ミハイル・イリーイチ・ワレリエフ

妻→ナタリア・イヴァノーヴナ・ワレリエワ

娘→ソフィア・ミハイロヴナ・ワレリエワ

息子→アレクサンドル・ミハイローヴィチ・ワレリエフ

 

(※イリーイチは中性名詞の父称なので、仮に母親の父親(おじいちゃん)がイリヤであった場合でも、母親の名前はナタリア・イリーイチ・ワレリエワになる)

 

上記の問題をマスターすれば君も立派なロシア通だ。

ちなみに名前+姓で呼ぶより、名前+父称で呼ぶとなんだかよりお上品な呼び方になりますわよ。おほほ。

帝政ロシアの時代には上流階級の家でよくそんな風に呼んでいたらしい。

 

まあ現代じゃ仲の良い相手のことは大体愛称で呼ぶので、この呼び方はそこまで一般的ではない(ナジェージダならナージャ、アナスタシアならアーニャとかさ…)。

でも男同士だったら仕事仲間、同僚のことを名前+父称で呼ぶことが現代ロシアじゃよくあったりする。

ロシア人が出てくる映画で、ロシア語に耳を澄ましてると相手のことを確かに名前+父称で呼んでいても、日本語の字幕ではしか表記されていない、なんてのはよくある話。

だってミハイル・セルゲーエヴィチより”ゴルバチョフ”の方がしっくりくるでしょ、日本人にとって。

 

なあピョートル・イヴァノーヴィチ、今日の仕事はどうだった?」

「最悪だったぜ、アレクセイ・イヴァノーヴィチ。工場が丸焼けになっちまってよぉ…ソ連製マッチは燃えないってもっぱらの噂なのに案外よく燃えたんだ…自分でもたまげたぜ。おかげで俺は最初当局に破壊工作の疑いをかけられちまってな、「まぁ、質が悪いはずのソ連製マッチがよく燃えるという宣伝になってよかったじゃないか」と言ったら頷かれて、なぜか釈放されて」

「よく逮捕されなかったなぁ」

「で、あとで仲間に聞いたら結局倉庫にあったのは全部スウェーデンから密輸したマッチだった、というオチ」

(二人、爆笑)

「ところで意識したことなかったが、お前の父さんと俺の父さんの名前、一緒なんだなぁ」

「おっと…聞いて驚くな、それだけじゃないさ、俺の名字も実はイワノフさ」

「!?何…!?驚いたな、俺の名字もだ…!」

 

ってな光景もソ連時代にはあったんでしょうかねえ。知りませんけど。

 

それでは今日の話はこれで。

完全に余談です。

それじゃあ、この辺でバイバイ〜!