リヴォフの地下水道

旅行記や本のレビューや歴史など。知識ひけらかす雑談とか。ロシア・ウクライナの文化愛してる。星井美希トナカイ担当P。

宗教家気取り。

この歳にもなってくると(24)世の中の仕組みとか哲学的なことなどを無性に考えるようになってくる。(普通ならないだろ)

結局のところ最近仕事が決まったはいいが特にこれと言ってすることも特になく、こういう世の中のことを考える時間だけが無限にあったりする。

一応足繁くジムに通ってひたすら身体を鍛え読書をし、茶を飲みながらこのようにブログなどを書く。…こういうのも悪く無い生活ではあるけれど多少刺激が欲しくはなるよね。

とりあえずは人に会いたい。人と会話するのが好きなので。田舎なので誰にも会えないけど。

今回の話もまた仕事を真面目に頑張っている人たちには何かと無縁な話だと思うので、こいつ、またこんな下らん根拠のないことダラダラと抜かしよるな、とせめて精神異常者を病棟のガラス窓の向こう側から眺める傍観者の気持ちで読んでいただけると幸いです。

所詮その程度のもんなので。あまり価値はない。

 

そうですね、今流行りのコロナウイルスだってね地球人口を減らすための地球による自浄作用のメカニズムなんじゃないかって自分は考えています。

今日のはそんな話。

 

ほら、人間だって病気になれば熱とか出ますよね?

人口が増えすぎた結果地球温暖化が生じたって考えたことありませんか?

そして我々が病気になった時に出る熱は何のために出るかって言うと、体内の病原菌を殺すためにある。すなわち病原菌=増えすぎた人間を殺すため温暖化が起き、それに伴って自然災害が多発するんだと、自分は思ってる。

海水面の温度が高いと台風やゲリラ豪雨が大量発生しますからね。

だから人が減らない限り災害も減らないし、毎年のように気温は上がり続けてるんじゃないかって。

何が言いたいかって、

世の中は全てバランス=均衡によって成り立っているってことです。

体内の白血球が急激に増加すれば白血病になるのと同じで、バランスが崩れればなんでもダメになってしまう。

 

地球は、とにかくその生態系のバランスを懸命に保とうとしていると思うんですよ。人が増え過ぎれば食糧危機に陥ったり大規模大量破壊殺戮の戦争が引き起こされたり、そして文明が発展するにつれて養育費が高騰し若い人たちが子供を産み育てたくなくなったり、とか全部そう。

こういうのは地球という偉大なるコンピュータに人の数をちょうどいい感じに調整するため、あらかじめプログラムされていることだって思うんです。

 

コロナが蔓延する中で老人を守り若者を自殺に追い込むような風潮もまた、『命はいかなる場合でも絶対的に尊いという身動きの取れない倫理観が人類に強く植え付けられているからで、そうなるとますます少子高齢化という破滅の道は加速していき、地球の狙い通りになっていく。

そんな倫理観がどうして今の時代に浸透したかって、、そりゃ、先の大規模な戦争で何千万という人が死に、人間が命の尊さを強く意識し、反省したから。

人類は同じ過ちは二度と繰り返さないと固く決意をして、あらゆる話し合いや衝突を経て、黒人やLGBT、障害を持った人たちなどの少数者に優しい、一見すると素晴らしい社会を築き上げてきたわけです。

しかし賢くなってそんな尊い倫理観を得たはいいが、今度はそれが足かせとなって互いに憎しみ、苦しみ合っている。なんだか皮肉なことです。

そして貧しい人や寿命を迎える人全員を救うことなんか絶対に無理なのに、人道主義を掲げる理想主義者はこういう倫理観をいかなる場合でも主張し、無茶を言い足を引っ張り、世の中全てを破滅に導こうとしてしまっている。

世の中が平和になりすぎると「人類はなんでも克服できる」と、当たり前に思い込む傲慢な人たちがたくさん出てきて、結局こういう人口調整をしたがってる地球の思い通りになっていく。

限りある命に感謝して、1日1日を精一杯に生きて、何かで死ぬ時は潔く死ぬ。これが古来より自然を崇拝してきた人類の考え方だと思うんだけどなぁ

産業革命以降、人間はどうしてもそんな風に傲慢になってしまったと思う。

 

加えて、理想主義者は今の核兵器による平和の均衡だって、こんなどうしようもない人類を辛うじてつなぎ止めてるありがたい存在なのに、それを否定して世界大戦を引き起こすきっかけも作ろうとしている。それなりに国防や外交に理解のある人だったら、昨今話題の核兵器禁止条約には、まだ日本は参加すべきでないと考えるでしょう。

 

そもそも核兵器をこの世から一つ残らず取り除くことなんてできるわけないし、一体それを誰が確認するっていうんですかね。

仮にロシアや中国が条約に参加してもまだ隠れて数発残してるとアメリカは永遠に疑うでしょうし、逆もまた然り。条約の有用性には疑問を感じてしまうな。

 

世界中から核を減らす取り組み自体は、もちろん極めて重要だ。

核兵器”理性のある大国”の手の中にある場合には、互いに破滅を恐れ、核戦争の起こるリスクは低くなり十分に核の抑止力となるけど、

しかし一方でイスラエルやインド、パキスタン、そして北朝鮮といった、いわゆるあまり”理性のない小国”核兵器を持つことで現在世界は核の脅威にさらされている。

常に臨戦体制にあるこれらの国がある以上、一見万能のように思える抑止力理論が通用しないのではないか?と考えるのは至極当然のことです。

だから、そういう国々が核を手放すためには、先に核を保有する大国がお手本となって核兵器禁止条約に署名する必要があるのかも知れないよね。

しかし、それでもやはりこの世から完全に核を無くすことはできないし、大国が核を無くしたところで危険な小国が隠れて核兵器をさらに製造し、大国を脅かすかも知れない。

そのような疑念があるから、大国も核を手放すわけにはいかない事情がある。

 

さて、このようなややこしい問題はゲーム理論の一つ囚人のジレンマで分かりやすく説明することができる。

◆別々の部屋に収監されている二人の囚人ABのそれぞれに対し、刑事が以下のような交渉を持ちかけたとする。

①「Aが自白してBが黙秘すれば、Aは懲役1年・Bは懲役10年」

②「Aが黙秘してBが自白すれば、Aは懲役10年・Bは懲役1年」

③「双方が自白すれば、A・Bともに懲役6年」

④「双方が黙秘すれば、無罪」

さて、読者の皆さんも是非考えて欲しいのだけど、このような状況に陥った場合、二人の囚人はどのような選択をするだろうか?自白するのか、それとも黙秘するのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような場合、お互いが黙秘した方が一番得であるように思えるが、実際には双方ともに”自白”を選ぶ場合がほとんどだ。

なぜならお互い別々の独房に隔離されているため、相手の心のうちを読むことはできない。自分だけが黙秘した場合の損が大きいから。

そして最終的に選ばれた互いにとって最も得になるような状況はナッシュ均衡と呼ばれる。

 

経済学でもよく取り上げられるテーマだが、これは国際関係学でも応用できる理論。

つまり外交関係において、これが「軍拡と軍縮を説明する上で特に欠かすことのできない理論となるのだ。

 

さて、敵対する二つの国同士、核兵器を持つ・持たないではどちらの方が得だろうか?

当然核兵器を持つ方が得に決まっている。

だから双方ともに「軍拡」を選ぶのが、この場合のナッシュ均衡である。核兵器の数が多いほどに相手国を威嚇し、交渉材料を多く持つことができる。

互いに軍縮を選ぶことは、滅多なことではあり得ない。自分が軍縮をしたって相手が約束通り核廃棄を実行してくれるとは思えないのだから。軍縮」はお互いが平和になるという意味で、本当だったら究極の理想なんだけどね。。。

日本政府が条約に加盟しないことを批判する人がいるが、そう人たちには原爆投下がもたらした悲劇にばかりに目が行き過ぎて、戦争そのものによっていかに多くの人が死んでしまうのかという重要な視点が抜け落ちてる。

 

日本政府が先立って署名するよりも、まずは米中露等の大国が先に署名すべきなのは明白だ。しかしそれが先ほども述べたゲーム理論でも説明できるように難しいのが事実。

アメリカの核の傘から日本が離脱すれば、中国の前で裸同然になることは避けられない。

そうなったらさらに多くの日本人の命が北朝鮮・ロシア・中国の脅威に晒されてしまうしね。

 

感情的な人々はつい物事を主観的に捉えてしまうけど、どのような物事にもメリットとデメリットが存在していて、これが絶対に正しいという選択肢はない。

理想主義者はつい完璧な正解を求め、絶対にこれが正しいと信じ込んでしまうところがありますが、どのような問題だってあらゆる観点から考察し総合的に判断しなければならないんです。

 

人間という生き物だけが地球上で一番正しいというのも我々の共通解ですが、そもそも究極的・客観的立場から言えば、人間は地球上で他の生物と同様一定数を超えて存在しちゃいけない。地球は人間だけのものじゃないんですし。

原子爆弾というおぞましい爆弾の発明だって偶然ではなく、増えていく人口を減らしたい地球によって当然のように予め用意されていた一手だったと思う。

”人類が殺戮戦争で行き着くところまで行き着いたら、極め付けには互いを大量に殺し合える核爆弾を製造するように”プログラムしているんですよ。

地球との戦いは、ある意味チェスをやってるようなもんです。一手、また一手と賢い地球は何手も人類の先を読んで、それで人類が大きな打撃を受けたら、人類も失敗を反省して地球に反撃をする。その繰り返しだ。

 

しかしそれでも人間は、そのような自然の摂理に抗い続けて偉大なる地球に挑み続けてきた。

バベルの塔』という有名な旧約聖書の話が描かれたのは何千年も前の話なのに、人間はいまだにその教訓を受け入れることができない。

大戦後、国際連合を立ち上げた戦勝国は食糧危機に陥った発展途上国に懸命な人道支援を続け、国際的な枠組みによって世界中の人々が医療・文化・あらゆる点で協力し合い、一定の成功を納めてきた。天然痘の撲滅なんてまさにWHOなどの国際機関が主体となり、東西の垣根を超えて世界中の人類が協力してもたらした偉業だった。

そして人類は、核の脅威を終わらせるために東西冷戦を終結させた。それからの数年間はアメリカが主導となって、世界が一つに団結できた素晴らしい時代だったように思う。その間、食べ物は豊富になって世界経済は絶頂になり、人口は爆発的に増加した。

地球に一矢報いることができたと人類は喜んだでしょう。

このような全人類同士の取り組みは素晴らしいことではあると思います。先進国に住む自分もその恩恵を大きく受けているんだし。

その取り組みを否定するわけではないが、しかし地球の人口調整機能を無視し続けて豊かさを追求し続けた結果が温暖化と多発する自然災害をもたらしたというのは頭の片隅に置いておく必要があります。

 

でも今更、こんなにも便利な文明を後退させたいなんて誰も思ってないでしょう?

飛行機に乗りたい、車に乗りたい、病気になったらすぐに治療してもらいたい、長生きしたい、いつでも美味しくて安全な食事をしたい。

で、こういう考え方がこれまで過剰に人口を増やし温暖化を加速させ、残念ながら環境を悪化させてきた。

人道主義と環境問題対策は当たり前には両立しません。環境が改善するためには人類が去るしかない場合もある。人類が飢餓にも病気にもならずに増え続けるようなら環境は悪化する。

 

もちろんCO2削減のため各国が歩み寄って協力するのは決して悪いことじゃないし、一歩ずつでも環境と人間の暮らしが両立できるようになっていければいいなって思います。それが理想だし。

理想は抱いても構わないが、その実現は非常に難しいことで、いくらか妥協しなければならないこともある。

結局、今ある何かを犠牲にしなきゃ何かは手に入らない。その絶対的な真理を理解しないで環境問題対策を叫ぶのは間違ってると思うな。

 

原発をなくせ!CO2を減らせ!世界各国は環境問題に今すぐ取り組め!でも便利すぎる今の生活は維持したい… これじゃあダメなんですよね

便利すぎる生活を何とかしろ、って叫ぶのならそれは一つの解かもしれません。

コロナによるテレワークの普及や過剰なサービスの縮小は、紛れもなく地球環境の好転に寄与してると思うよ?もちろん、それによって打撃を受けている産業の人もいるわけですが…。

 

ほんとに、よくできてますよね地球って。

第二次世界大戦では世界中5000万かそれ以上という膨大な死者が出たのだが、そのほとんどが戦地に駆り出された男たちだった。戦場であれほどまでバタバタと男が死んだのに、それが一定期間経つと全世界の男と女の比率はほぼ五分五分の水準に元通り。どうしてそうなっちゃうのか。そういうのも不思議でたまりません。結局人間そのものが核戦争やウイルス、環境問題によって絶滅するってことはそうそう無いでしょう。だって地球がやりたいのは人類の滅亡じゃなくて、あくまでも生態系・環境のバランスを保つことだから。

そりゃ地球が他の生物を差し置いて人類だけを特別扱いする義理なんてどこにもないんだからね。

だから、

この世で唯一絶対的に平等な思想を持っているのはマルクスレーニンのような共産主義者ではなく、この地球です。

地球こそが究極のコミュニストです。

別に誰が不幸になるとか誰が幸せになるとか、そんなのは地球が選んでやってるわけじゃないからね。そんなの地球は微塵も興味ないですよ。あなたは白人で、あなたは黒人に生まれなさいなんて、そんなのも全部究極的に平等なくじ引きでそうなったんだから。

白人だろうと黒人だろうと黄色人種だろうと、それに勝手に優劣つけて憎しみあってるのは地球じゃなくて人間ですからね。なんでも地球のせいにしちゃいけない。

まあ地球がわざと人類同士対立が生じるようには仕向けてるのかも知れないけどさ。

少なくとも、どっちが劣っててどっちが優ってるかには興味ないと思いますよ。場合によっては黒人に白人が虐げられる世界線もあったでしょうし。

実際今アメリカが黒人問題を巡って混乱しているのも、やっぱりなるべくしてなったんだろうなって。。。時代が移り変われば弱者と強者は逆転する。地球は万人にチャンスを与えてくれるとっても平等な存在なんですよね。

 

 

こんなことずっと考えてたら1日が過ぎた。もうなんだろうなこれは。。。俺は宗教家気取りなので宗教でも開いた方がいいんじゃないかと思えてくる。

信仰する神様はもちろん地球様です。いや、さらに上の宇宙様か。

俺の信じるこういう信仰なんぞ信じても救いはないけど、少なからず安楽死政策の思想的な支柱にはなり得るかもね。

安楽死だって悪いことじゃない。延命治療の是非は国民の間で広く議論されるべき事案ですし。そうでもしなきゃ日本はますます高齢化社会のツケが若者世代にのしかかり、破滅へまっしぐら。何度も繰り返しだが、様々な生い立ち・階層・階級・立場に置かれる全員を絶対的に等しく救うことなんかできない。社会保障に回すことのできる財源なんて限られているんだから。

自分の好きなブラックジャックの漫画での最大の名セリフは本間先生がブラックジャックに語りかけた「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」ってやつです。子供の時に読んだこういう話が今の自分の思想に大きな影響を与えているのかも知れない。

でも、じゃあ医者が人を救う意味って何だろう?

考えればキリがないのでこの辺にしておくけど。

 

手塚先生自身が安楽死や延命治療にどういった観点を持っていたのかは詳しく存じ上げないから、そういう意味で言ったんじゃないって怒られるかもしれないけど。

(もしかすると先生は安楽死医師のキャラ・ドクターキリコに、作者自身が抱く考え方のヒントを託しているのかもしれないな)

 

 

語彙力たくさん摂取したいよね

 

久しぶりにブログを书きます。

よろしく。コツコツ書こう。書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書くぞ書く…か…久しぶりの活字に挑戦してみたものの結構な苦戦を強いられる。

ずっとブログ更新してなかったのはそういうことだし、だって書くことねンだわ。思いつかん

一昨日くらい久しぶりに会った友人に「最近ブログ更新しねえの??」と言われちゃって、おや、こんな便所の落書き程度のものちゃんと読んでくれている人がこの世界にはいたんだ…とか思ったので、流石に読者の要望には応えないわけにはいかないと奮い立ち今こうして一つの記事を書いている。

活字って、ね、書くの難しいよね。

最近あまり集中して熱心に本を読まなくなってきたのでとにかく語彙力がなくなっている。

さてここからが今日の本題ですが、語彙力というのは現代人が日頃摂取すべき栄養分の一つです。

どれくらいの量を?でしょうかね。俺もそんなの知らないし、しかも、どのようにすればその“語彙”とやらを効率よく摂取できるのか。

 

例えばですが普通に生きていて手に入りにくい栄養分ってのはどうしてもあるよね。自分だったら普段よく亜鉛サプリメントを摂取しているが、亜鉛なんてそんな、そこら辺に落ちてる木の実や草を食べたら簡単に入るものじゃない。

そんなこと言ったらまともなビタミンだって手に入らんけどさ。

 

しかし亜鉛は髪の毛や皮膚の新陳代謝を活発にし、健康な身体を作る日常生活において必要不可欠なミネラルに違いないだろう。そこまで必要不可欠と言っておきながら残念なことに、亜鉛というものは摂取できる食品が非常に限られておりほとんどの場合非効率なのだ。

なので効率よく亜鉛を摂取したいと思ったら、あなたは今すぐ牡蠣を食べるしかない。牡蠣には非常に多くのミネラルが含まれている。成人男性が1日に摂取すべき亜鉛は8ml〜11ml程度とされているが、牡蠣大粒4個につき11ml〜15mlの亜鉛が含まれている。

でも牡蠣なんて時期も限られている上に高い。で、もうこうなってくるとサプリメントに頼らざるを得なくなるのは当然のこと。

そんな風に栄養分ってのは案外摂取が難しいのだ。

 

亜鉛の話はこの辺にしておいて、語彙力の話に戻るとしよう。

では語彙を効率よく上げるにはどうしたら良いのだろう?ほとんどの人は思うはず。当然本を読むことが最も効率的であって重要であることに他ならない。でもどうして本じゃなきゃダメなのか?同じ文章を読むだけだったら、インターネットに溢れているニュース記事やSNSの文章を摂取するだけで十分なのではないか?

そんなことを疑問に思う人って当然多いよね。なので自分なりにその違いというのを真剣に考えてみることにした。とはいえ全く科学的根拠のない主観で書いた駄文なので参考程度に

近年のスマートフォンSNSの普及により人々は情報に接する機会が非常に増えた。非常どころではなく異常なまでに。情報化社会は豊かな文明・暮らしを提供したが、当然それは良いことばかりではないだろう。情報が多様化したばかりに人々には情報を見極める能力が求められるようになった。天下無双のTwitterにより今日では誰でも情報の発信が容易になってきたが、人間という生き物はどうしようもなく野蛮なので自分にとって都合の良い、こうであって欲しい、という情報ばかりを垂れ流すようになってしまいます。

やっぱ自分が正しいことを言っていると思ったら人間気持ちいいからね。

これがいわゆるフェイクニュースの蔓延する原因なのだが、果たしてどの程度の人間が記事に紛れ込んだ嘘を見破ることができるのだろうか?

 

フェイクニュースは見出しで人々を誘導することが多い。これには単にアクセス数を稼ぐ目的もあれば、記事の中身を確認しない人たちを扇動し、世論形成を図るという狙いもある。

文章(記事)を読む習慣”というのは、やはり本など比較的長い文章に日頃から触れている人にしか身につかないのではないかと思うのだ。

「語彙力を高めたいならニュース記事を毎日たくさん読めばいいじゃない」と言う人に限って、おそらく

ろくに本を読んだことがない=記事をしっかり読もうとしない=記事に散りばめられた明らかな嘘に気づけない=フェイクニュースを信じてしまう

というような構図が生まれる。つまり本を読む習慣が根付くと自然と文章の粗や嘘を見抜くだけの集中力や思考力が身につくということでもあり、自分はこういうのを含めて“語彙力”と考えている。

 

読書…本を読むという行為は、ある意味非常に語彙を摂取する上で効率が悪いと捉える人がいるのは事実だ。昔の自分もそうだったが、本を読むには大変な時間がかかるし面倒くさい。そんなことしなくたって単語を覚える機会はいっぱいあると考えちゃうし。現代人はとにかく時間がなく、スマホばかり見ているから集中力が散漫してしまう。

スマホを見ていると集中力が欠落すると言われる一番の要因は、おそらくSNSが短い文章で完結してしまうところにあるだろう。Twitterの恐ろしいところは140文字に限定されていること。140字で完結してしまう文章だったら誰でも書けちゃうし読めてしまう。これが無限に垂れ流される。ある意味恐怖だ。無限に読めるということは無限に時間を食い尽くされることに他ならないし、しかも無限に読めるくせに自分の語彙力向上にはあまり役立てられないのだから。

例えば本を一度も読んだことがない人が140字で培った語彙力なんて、所詮は140字とそれよりちょっと多い程度の文章を読む能力にしか直結しないので、1万文字もある文章を最後まで読み切ることは困難だし読めたとしても果たして要約できるだろうか。

あらゆる言葉を駆使して呟くTwitter投稿者による呟きは語彙の増加には役立てられるかもしれないが、それは語彙力とは言い難い。

前述したように、文章を理解する能力も含めて語彙力だし、重要なことなのにまだ触れていなかったが自分の言葉で長い文章に起こしたり言葉にする能力というのもまた重要な語彙力だ。

 

コミュニケーション能力の低下を指摘される子供が増える一方、コミュニケーション能力はますます社会において求められる傾向にある。公務員試験も勉強できれば問題ないと言われていた時代はあったが、もはや過去の話となっており、いくら勉強ができてもそれだけで採用はされない。

自分も勉強は好きだが理論立てて話すのは案外得意ではなく自分が省庁で取り組みたい政策を説明するのも上手くいかなかった(なんというか自分の場合は対人関係という実戦不足の感が否めないが…)。面接重視の民間企業であれば尚更だろう。

コミュニケーション能力不足の大きな問題を解決する上でも読書が役立つのは言わずもがな。語彙多いほど喋れる言葉が増えるわけだし(これは誰でも想像できるだろうが)、何より筋の通った意見を言うことができる。

本を読む人なら本の中に当然に存在している起承転結のように、これから話そうとしている話の、いつどこで誰が〜…というのを頭の中で思い描くことができ、理論の組み立ても容易になる。

 

だから本を多く読めばスピーチが上手くなるし、言葉で相手を納得させることができるようにもなってくる。関西人はオチのある話を好むって言うが、起承転結ってのはすごく大事ですよ。オチのない話なんかする奴らは直ちにNKVD執行命令第3467号に基づき、くいだおれ人形によって即刻銃殺されます。

オチのある話をする習慣を基礎付けるのが本なら、やっぱり読書があらゆる語彙力を鍛える一番の栄養分。

あとやはり本も栄養分ですから、好き嫌いをしてはいけないというところか。偏った本ばかり読んでいればそれだけ考え方や話し方も偏ってしまう。本当にそうだろうか?という疑問を持って読むことが大切。

自分が大学時代にゼミで教授に卒論を見せたとき指摘されたことは「様々なものを読め」というご指摘でした。“もの”としたのには本に限られずニュース記事もそうだし新聞や詩集、寄稿文、なんでも読めという意味もあるので。硬い文章、柔らかい文章、可愛い文章、暴力的過激な文章、えっちな文章、なんでも取り込み中和していくことで多彩な表現ができるようになるでしょう。多彩な会話表現や文章表現ができる人は他人から好かれるようになるし。

結局のところ語彙力ってのは楽して手に入るものじゃないよね、スマホばっかり見てる奴が頭の良い陽キャであった試しがあるか?

しっかり定期的に本で文章を摂取してあげると人生は間違いなく恵み多く豊かなものになります。

 

でもね本を読めっていう上からの圧力で読ませるのはやっぱり違うから、楽しんで読むのが一番だよね。好きな文章をとことん積極的に読みましょう。短編集なんかはすごく良いですよ。

まぁこの記事書いてる自分も最近全然本読んでないから、この記事は自戒の念をだいぶ込めてます…次は何読もうかな…(一度も手をつけていない山積みになった本たちを見返しながら)

 

欧州遠征録【7】ドレスデン市内を巡りました。

ドラマのレビューを除けば、前回の更新は6月だったから実に三ヶ月ぶり。。。

もうそんなに経ってしまったんだねえ。

ブログの存在をすっかり忘れるくらい、この三ヶ月いろいろなことがありまして、すっかり更新が滞ってしまっていた。

あんなに面接練習を十数回も繰り返した挙句、公務員試験もダメだったしなぁ。

まあ仕方ないでしょう。来年頑張るしか。それに三ヶ月しか勉強時間もなかったのに頑張った方だと思いますよ、うん。来年は必ず受かりたいものですな。

 

しかし面接、お前だけは許さん

筆記はいいんだよォ〜あんなの時間はかかるけど、まっすぐひたむきな努力でなんとかなるんだし。

でも面接というこの世で最も理不尽なアレ。俺のどこが悪いっていうんだ、ふざけやがって。一目見ただけで俺の良さなんか理解できるわけないのだ。

(↑こういうとこがお前はダメ)

残念ながら俺は笑顔を作ることが極めて苦手らしい。面接練習の時にも講師に「あなたって〜、顔が怖いし喋り方も〜であるべき、とか強い口調が多くて怖い〜(T . T)私なら落とします☺️」とか散々言われてクソッタレ〜〜😇😇😇正論吐いた程度で何ビビってんだくたばれ😇と思って、まあ、それでも真面目だから素直に聞いて必死に治す努力をしたのだが、人格なんか変えようと思ってすぐ変えられるもんでもない。どうしても表情が硬くなる。いや普段友達などと喋ってる時はすごく笑顔なんだが…

つまりこう面接官との距離感が嫌だ。わかりませんか?

机一個挟んだ程度の距離感なら問題なく笑顔も作れるんだが、5mくらい離れたあの空間が苦痛だ。相手も三人〜四人いる。これで表情固くなるなという方が無理だ。少なくとも俺には無理だ。別に、初対面の相手に笑顔作るのが無理というわけではない。普通に会話しろォ?じゃあもっと距離近づけろ、歩み寄る姿勢もないくせに。

大体なんでそんなにお前らは笑顔に飢えてんだマックにでも行ってろよボケ。

 うるせぇ〜〜〜本当の俺は非常に紳士的なんだよ(相手によるけど)まぁこう時々発言が暴力的ではあるせいかその印象が薄いなどと言われてしまうが。至って真面目な性格だし。こんなにも仕事を真面目にやる人間を落とすなんて面接官の見る目は本当にゴミだゴミ(酒飲んでこの愚痴を書き散らかしている)。

見た目明るそうという印象だけで、時間や約束すら守れんろくでもない人間は平気で取るくせに偉そうにしやがって。お前らなんか雰囲気だけの人間に騙されて身を滅ぼせばいい。とりあえず交通費だけ返せ。

人間の良さなんて、たかが30分じゃ相手には分かってもらえん。それを分かった上で挑んでいきましょうよ、もう。去年の就活も散々で今年もこれというあんまりひどい現実で滅多に怒らない俺も怒り狂ってしまったが、もうなんか怒るのにも疲れた。一ヶ月かけて一生懸命面接対策もしたし、受験先の取り組みや業務内容をめちゃくちゃ調べたし、それに関連づけて、やりたいことも明確に発言したつもり。ところが結局、面接官の「なんか第一印象が気に入らないなあ」で片付けられてしまう。日本の就活は狂っとる、長期インターンの機会を増やせ。

どんなに抗おうともこの世の理不尽には逆らえない。

ニコニコできない自分が悪いんだ。誰に対しても物腰柔らかくなりたいけど…。

俺もあと一年、気持ち悪いほど誰に対してもニコニコできるスキルと、会話が弾んで欲しい〜だとか甘えたこと抜かす中高年が満足してくれるような会話スキルを磨こうと思って頑張っていく所存です。

うう…頑張る…(結局頑張るんかい)

 

さて愚痴を吐いたところで…

ええと、今回は待ちに待ったドレスデン観光のお話と行きましょうか(それに、だいぶ間も空いてしまいましたね…)

2016年9月14日。

前日は素敵なホテルで素敵な夜を過ごしたばかりだが、そのお楽しみは昨晩も続いた。しかし普段からバタバタの連続で、せっかく綺麗で可愛いホテルに泊まったとしても一泊しかできなかったりとかしてたので、二泊もできるって良いことです。ホテルの部屋を楽しむのも旅の楽しみですよ、特にヨーロッパは。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730202236j:plain

朝起きてまず最初にやらなきゃいけないのは美味い朝食を頂くこと。

これは当然。基本的人権である。

 

いや〜〜〜〜〜〜〜〜

レストランから眺める景色が圧巻過ぎました。

お分りいただけますか。

このテラス席からはドレスデン市街を一望することができます。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730202524j:plain

紅茶。ドイツ紅茶といえばロンネフェルトが有名だけど、これはなんの銘柄なんだろ

ハムの選び放題な感じ。景色。全てが楽園と呼べる。

朝からこんなに食べてもいいのかなぁという気持ち。

いいんですよ、ドイツだから。肉とジャガイモは主食である。

今だけはドイツ人になったつもりを堪能しよう。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730202742j:plain

遠くに目を凝らして市街地を眺めるのも良きですが、ちょっと柵越しに下を見るとお庭や芝生も手入れが行き届いていて、花が綺麗に咲いております。さすが城というだけのことがあるなあ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730203044j:plain

レストランへの出入り口もさすがの内装。非常に感服いたしました。

やはりこういうのはシャンデリアが決め手だね。

朝食後は軽い身支度を整えて市街地へと向かうことになります。ホテルからは昨晩と違ってとても明るいし歩いて旧市街に向かっちゃいましょう、ということに。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730203347j:plain

明るくなったおかげでようやく自分たちの宿泊する城の全貌が明らかとなる。

えーと、ここのどっかの窓の部屋に今滞在しているわけですか。こんな形の城だったんだなあ〜〜〜〜。。。

すごい、と改めて。今回の旅で宿泊する予定のホテルはどれも同行者T氏に予約を丸投げしていたといったこともあり、どのホテルも事前の情報は予め一切知らされていなかったのですが、そのおかげで倍楽しむことができました。

 

城の正門を飛び出して道なりに進みます。

方角はこっちであってるのか?

f:id:la-petit-prince-stars:20190730203610j:plain

f:id:la-petit-prince-stars:20190730204623j:plain

通りを市街地に向かって歩いていくと、次第に市内を流れる大きな川が見えてきますが、あれが有名なエルベ川

その川の対岸にはドレスデン旧市街の美しい風景が。

f:id:la-petit-prince-stars:20190730204749j:plain

ドーム型の建物は00年代初頭に再建された聖母教会という教会。詳しくは後ほど。

橋を渡って待ちに待った旧市街と行きたいところですが、それよりもまずはドレスデンの新市街に入る。

ところで、まずいい加減にホテルの浴槽で石鹸つけて洗いまくってた洗濯物を、さすがにちゃんとした方法で洗濯してみたいなあと感じていたので、街中にランドリーくらいあるでしょうと早速新市街の中を探してみることに。

ほら今俺たちの手元には洗濯物の詰まった手提げ袋がある。そのために今日はドレスデン新市街に来たというわけだ。洗濯機に洗濯させておいて、その間俺たちは観光するという新たな旅のスタイル。

 

街中をふらふらするうちに、我々はようやくそれと思しき建物を発見した。意外にあるもんです。

 

しかし、なんでしょうか…

洗濯機の使い方がいまいちわからなくて困惑気味。

そもそも洗剤ってのはどこで、どうやって購入する?

不思議なボタンがたくさんある。(写真なくてごめんよ)

 

そもそも洗濯機のどこに粉洗剤を投入すればいいのやら。

洗剤をどのくらい洗濯機にぶち込めばいいのか?

またはどのくらいの水量にすればいい?

はてまた洗濯機の時間設定をどの程度に設定すれば良いのやら…

 

考えれば考えるほど疑問は尽きない。全部説明書きドイツ語だからな。

日本の洗濯機だって初め使い方もろくに分からず、挙げ句の果てには洗剤のつもりで柔軟剤だけで洗ってしまい洗濯物が土のような匂いを放つようになったのは一人暮らし始めたて大学一年生の頃のとてもいい思い出ですが、

そんな話はわきに置いて、

とにかく海外製の洗濯機の使い方なんかわかるわけないじゃないかという感じですな。

洗剤を先に入れるべきだとか、10分経ったら入れるべきだ、とか我々二人はその解釈違いで、しまいにはやや口論っぽい感じにもなってきて…。

いやいやいかん。

せっかくの旅なのに同行者と揉めるなんてあってはならないこと。

洗濯機ごときで罵り合ってちゃお話になりませんわ、だってまだこの度はあと一週間弱残ってるんだ。

 

そのあとですがランドリーの近くにお菓子屋さん?パン屋さん?的なショップがあったので寄ってみることに。

旅行計画書にはエルベ川のほとりでパンを食う」と書かれている。昼食代を浮かすためかなんだったかは分からないが…計画書の通りに動くのなら今のうちにパンでも買っとこうかな、とも思ったんですよね。

結局買わなかったんだけど。

じゃあ何を買ったっていうのさ。

そうそう、ドイツといえばシュトレンが有名ですな。この店には美味しいシュトレンが売り出されるという事前情報を得ていた俺は、てっきりこの時期でもシュトレンが買えると思い込んでいたのだ。そして意気揚々と店の中に入る。

ところがどっこい、シュトレンは次期違いということで微塵も売ってる気配はありませんでした。ズコーーーーッ!

当たり前だ、今は9月、12月はまだまだ先である。

しかしせっかく入店したんだし…というわけで俺は店頭に売ってあるメレンゲ菓子を買っていくことにした。

そしてパンは買い忘れた。

 

お店を出たところで、なぜか我々は不思議なヒゲボーボーなおじさまに遭遇してしまう。どうしてこんなところにいるんでしょう…。

言っちゃ悪いが見た目は浮浪者そのもの。。。少し怖い。

 こっちに寄ってきました。まじかよ。

しかし今回の旅で我々には変な人間既にたくさん寄ってきていたのだから、この程度のことじゃ動じるはずもない。 

 

そして彼は英語でなんか言ってくる。

「お主、金を持ってないか?」

 

ものごいだ。

 

我々はドイツに来る前から、海外では知らないおじさんに1円足りともあげてはならないということを本などを読んで学んでいた。なぜなら1セントだけでもあげようとすると、相手は財布をひったくる可能性があるから

俺も少し悩んだ。しかし我々が善良な日本人であることに変わりはない。

相手はとても悪い人には見えないので。

コインケースを取り出して、結局一ユーロくらいあげちゃったんだけどさ。

でもおじさん、それっきり大人しくどこかに引き下がっちゃった。

あ、これで満足してくれたの…?

しかもそのおじさん、よくみると履いてる靴が片方ない。。。

 

ドレスデンはこれまで訪れた西ドイツ地域とは違って、1990年までは東ドイツの主要都市でした。

東ドイツの体制が崩壊して西ドイツに取り込まれると、西ドイツ政府は途方もない大荷物を抱えてしまうことになります。だって共産主義体制で何十年も生きてきた人たちは、お金に対する考え方も西側の資本主義経済とはまるで違っていましたから。

旧東ドイツだった地域の経済は現在少しずつ回復していますが、今でもなおその経済格差は爪痕として刻み込まれているんだとか。

もう30年が経とうとしているってのに。。。

それが、このような哀れな失業者を生み出しているのです。

日本の隣国である北朝鮮が韓国に取り込まれても(または韓国が北朝鮮に取り込まれても笑)統一国家が莫大な負債を抱えることになるのは目に見えて明らかである。経済破綻する可能性だってあるんですから、当分朝鮮半島の統一は難しいでしょうねぇ。

国家の統一ができても、その後の維持というのは一筋縄じゃいかんのです。

その後のことも含め、引き裂かれた国家の悲劇です。

街の郊外の少し寂れた風景にも何となくそれが現れているように感じる。

 

さて気を取り直して、今度は旧市街を目指すため我々は橋を渡ります。

向こうに見えるのが旧市街。雰囲気出てますね〜〜〜〜。

f:id:la-petit-prince-stars:20190813173614j:plain

大きな古びた立派な橋の途中には、なぜか我々日本人が見慣れた葛飾北斎の有名な絵画。なぜ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190813173435j:plain

 

おらおら〜〜〜〜〜なげえ橋だなぁ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190813173753j:plain

そして橋を渡り終え・・・

f:id:la-petit-prince-stars:20190813174103j:plain

どどーん

f:id:la-petit-prince-stars:20190813174144j:plain

でけえ

わぉう。でかいですね。

着きました、旧市街。

第二次世界大戦前の趣あるドイツの街並みが今も大切に残されています。戦前は指折りの大都市だったのだ。

ドレスデンの旧市街の建物は所々黒ずんでおりますが、これらは全て1945年2月にイギリス空軍による大空襲を受けた証でもあります。

我々日本人にとっても忘れがたい記憶である、民間人に対する凄まじい無差別空襲の痕跡は、こんな多い異国の地でも垣間見ることができる。

 

東京の下町(浅草周辺)を歩いてみると、昭和初期ごろからある古い石橋にも似たような黒ずんだシミがあったことを思い出した。

これは一説によると、川の両岸から命からがら逃れてきた人々が橋の上で行き場を失い、ぎゅうぎゅうに押し合っていた時にその背後から押し寄せてくる巨大な火炎の渦に巻き込まれた際に燃え上がった彼らの皮脂の痕跡、とも言われています。

おそらくドレスデンの建造物に刻まれた黒ずみのいずれかにも、人間が燃え上がったことによって刻まれたものがあることでしょう。

人を焼き殺す行為ってのは確かに戦略的には効率が良いけど、あまりにも非人道的だ。昔の火あぶりの刑になった人だって、別に生きたまま焼かれたというよりも一酸化炭素とか煙で窒息死してからじわじわ焼かれていくと言いますし。。。

戦場で火炎放射器が使用されなくなったのも人道的な観点からです。

それらを鑑みて街を歩くと、また違ったものを感じられる。

実に多くの貴重な美術品が燃やされたことを考えるとなんともいたたまれない気持ちにもなりますね。まあしかしドイツ軍だってあちこちの街を爆破して美術品を略奪してを繰り返したんだから、この時代に文化財保護の価値観を求める方が違っているのかもね。

 

橋を渡り終えたところ、現在立っている広場の向かって右手にはツヴィンガー宮殿がある。ひとまず我々はツヴィンガー宮殿の探索から始めようと思う。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925211648j:plain

こちらがツヴィンガー宮殿。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925212752j:plain

f:id:la-petit-prince-stars:20190925212830j:plain

ん〜。すごく綺麗なんだけど。

こう言ってはなんなのですが、われわれのヨーロッパ滞在期間が長くて感覚が麻痺しているのか、ひどくこざっぱりしていて退屈に感じてしまった。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925212939j:plain

中庭もどこかぱッとしないような気がする。

この宮殿自体も空襲で丸焼きにされてしまった過去がある。

戦後は先ほども述べた通り、ドレスデン自体が東ドイツという共産主義陣営に呑まれてしまったことで、このような建造物はブルジョワ的だと罵られることになり、戦後少しずつしか復興が進まなかったというのも多少あるだろう。

近くのエルベ川が氾濫して被害を受けたりもしたし。。。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926073931j:plain

こちらが空襲後間もない頃の写真。

先ほどの写真と比べて、現在のどの建物か分かりますか?

屋根が焼け落ちて現在とは比べものにならないですね。たくさんの芸術品が失われてしまいました。(ちなみにこれは2枚目の建物)

f:id:la-petit-prince-stars:20190926074406j:plain

↑戦前の美しい宮殿。。。

戦前はもっと綺麗な宮殿だったのかもしれないなぁ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925213538j:plain

でも宮殿のテラスから見た市街地の風景は最高です。

さて、小腹も空いたところでツヴィンガー宮殿を後にし、そろそろご飯にしましょう。やったね。時刻は12時少し前といったところ。腹も減ってんだからそろそろ変わったもん食いたいんだと思っても、ここはドイツ。

提供されるのは何処へ行ってもジャガイモとソーセージとビールと、山盛りのザワークラウト

いやいや上等だ。さすがに飽きてきた感も否めないが俺はこのドイツの頭のおかしい食文化を気に入ってしまっている。

エルベ川のほとりにパラソル付きのテラス席がいくつも並んでいるのが目に飛び込んでくる。そこにはビアーガルテン(要は、ビアガーデン)の文字が刻まれていた。つまり本場のビアガーデンを味わえるチャンスの到来だ。

 どうせ明日はベルリン行って、明後日がドイツの最終日になってしまうのだから、ウクライナに飛び立つ前にビールをたらふく決めようではないか(ビールを飲むためなら言い訳なんかなんでもいい)ということで、我々は意気揚々とそのビアガーデンに入場するのだった。

ちなみに飲み放題とかではなく、屋台まで行って金を払ってビールとか注文するシステム。他にも飯を食うことができたので我々は当然、美味そうな飯も注文する。飯は完成次第、席まで運んでくれるシステム。我々はジョッキ片手にパラソルのテラス席に舞い戻ると、早速呑んだくれる。昼間から飲むビールは最高ってもんだ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925215411j:plain

写真のジョッキのそばに黄色いチップが見えるでしょう?

飲み終えたジョッキと一緒にこのチップを店員さんに手渡すと、なんと一杯3ユーロ(約300円)だったのが、1ユーロ50セント(約150円)で、もう一杯おかわりできるっていうシステム。恐ろしい…150円で500mlもの生ビールを飲めちゃうなんて、そんなお馬鹿なことが許されるのだろうか??ビールは水よりも安いと言われるこの国ならではの文化。俺はもうこの国に骨を埋めたい。

当然、二杯目を受け取った時にも黄色いチップをもらえるから、二杯目以降はずっと150円ってことだ。いかれてるぜ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925220333j:plain

ヴァイスビア

一杯目はピルスナー(透き通った色の、日本でもよく飲まれているビール)だったが、二杯目はドイツらしくヴァイスビアー(白いビールという意味の濁ったビール)を注文。花のような香りが鼻腔を包む。

こっちの方が好きだけど、日本じゃ滅多に生樽では飲めないよね…飲めたとしてもコスパが悪すぎるし。

f:id:la-petit-prince-stars:20190925220614j:plain

そんなところでご飯の到着。

手前のがグラーシュズッペというシチュー。もともとはハンガリーの郷土料理なのだが、チェコやドイツ東部といった中東欧で比較的よく食べられている料理だ。本場ハンガリーのグラーシュ(またはグーヤシュ)はもっとさらさらとしたスープに近い料理なんだとか。ボルシチと一緒で、場所や地域によって作り方や具材、味付けが変わってくるのは興味深い。

ちなみに奥にあるでかいソーセージの入ったスープはカルトッフェルズッペ(つまりじゃがいものスープ)という名前なんだとか。食べてないから味がどんなんだかは分かんないが。

ご飯も食べて、気づけばビールも1リットル飲んでいた…さすがにもう満足です。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926214837j:plain

f:id:la-petit-prince-stars:20190926214902j:plain

小鳥が二匹一緒に水浴びしててすごく可愛かった。。。

ビアガルテンを出て、我々は街の散策を本格的に開始する。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926215414j:plain

何処を撮っても絵になるとはこのことか

f:id:la-petit-prince-stars:20190926215737j:plain

エルベ川は美しいですね

f:id:la-petit-prince-stars:20190926215821j:plain

こういう活気ある街の風景が結局一番好きだ。

さて、いよいよ我々は街の中心部にやって来る。

そこには巨大な教会がそびえ立つ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926220140j:plain

ドレスデンの象徴的存在であり市民たちの心の拠り所ともいえるのが、この聖母教会だ。

大空襲によって喪失してしまった美しいこの教会は長く再建を待ち望む声が叫ばれていたが、実際にそれが実現するのはだいぶ後のことになってしまう。

戦後ドレスデンを統治することになった東ドイツのような共産国ではキリスト教をはじめとする宗教全てを否定し、その厳しい思想が教会再建を阻むとても大きな障壁となっていたのだ。

聖母教会は瓦礫のまま何十年も放置され、痛ましい姿を戦後しばらくの間市民の目にさらし続けてきた。

ところが1990年に東ドイツが崩壊し、東西ドイツが再統合を果たすとようやく教会再建の動きが活発化していくことに。

 

市民団体によって別の場所に保管されていた瓦礫を、在りし日の写真をもとに組み直していく様子は世界最大のジグソーパズルともいわれ、世界から大きな注目を浴びる。教会の写真の中で黒ずんで見える部分がまさしくその古い焼け残った煉瓦や彫刻なのだ。

そうして2005年ようやく教会は元どおりの姿を現し、鐘を打ち鳴らす。

ドレスデン市民はその鐘の音を涙を以て迎える。

 

今回ドレスデンに来たのもこの聖母教会を訪れたかったからに他ならない。

教会内部に入ると…そこには実に美しい光景が広がっていた。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221036j:plain

美しい天蓋

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221139j:plain

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221204j:plain

目に飛び込んでくるのは、非常に荘厳な祭壇。

圧巻の光景だ。敬虔なクリスチャンではないのだが、あまりの荘厳さに神を信仰する人々の気持ちが理解できるような気がしてくる。正直いつまででもこの空間に居られるなあ。

そして驚いたのは何よりこの教会、屋上に上がれるという。

我々は教会をぐるりと一周するような階段(ここはスロープだが)を登って屋上に上がっていく。吹き抜けになっているから真下のホールの様子を伺うことができる。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221615j:plain

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221733j:plain

ここまで来ると螺旋階段

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221833j:plain

ずいぶん高いところまできた

f:id:la-petit-prince-stars:20190926221921j:plain

そうしてようやく登り終えると、、、

f:id:la-petit-prince-stars:20190926222112j:plain

うわーーーーーー

我々は美しいドレスデン市街地を一望することができた。高いところ好きなので毎回高いところに登っては興奮しているような気がするな。

だって仕方ない、高いところから見る風景ってのはやっぱり格別なもの。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926222407j:plain

一番のお気に入りなアングル

やっぱり橋とエルベ川コントラストが一番美しいと思う。

 

教会の展望台を満喫したら、再び市街地の探索に向かいます。大忙し。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926222708j:plain

東ドイツ時代の信号機が今も稼働する。アンペルマンなんて呼ばれているユニークな人型。

市街地を歩いていくと、こんなものに行き当たる。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926222847j:plain
近くでよく観てみると、とても長い壁画だ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926222934j:plain

 どう言う目的でここに描かれたのか、この地域の歴史にそこまで詳しいわけじゃないのでよく分からないが、調べてみると「君主の行列」というタイトルが付けられている。

この辺りはかつてザクセン王国という名で呼ばれていたが、その歴代君主35人を描いたものだとか。

ドレスデンはマイセンという陶磁器で有名。紅茶カップティーポット、一度は手にしてみたいとは思うけど高級品なのでいつ買えるか分からない。いつかは欲しいもんですね。そんなマイセンの陶磁器技術を駆使してタイルに描かれたのがこの壁画。

すげえ。。。これだけで何百億という価値になるだろう。

しかも驚くべきは、あの熾烈な大空襲の被害を免れ、完全な形で現存しているのだとか。

うっとりするほど繊細に描かれているのでドレスデンを訪れた際は是非立ち寄ってみて欲しい。

その後我々はドレスデン市内のデパートに立ち寄って、いろいろお土産物巡りなどをしてみる。

ビールを買ったりした。

 

橋を渡って新市街に。

さようなら旧市街…またいずれは行きたいものです。

 

新市街に戻ると、午前中コインランドリーに取り残してきたままだった洗濯物などを回収する。まあなんとかいい感じに乾く段階までいってたので満足。

意外と海外のランドリーも使えるもんですね。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926224016j:plain

新市街の建物もいい感じ

さて、行きは歩きだったが帰りは路面電車を使ってホテルに戻る。

路面電車の乗り方がいまいち分かったような分からないような気持ちになるので、なんだか慣れない。そしてこの不慣れさが、翌日の失敗の原因にもなってしまうのだが…。。。

その話はまた次回です。

 

夕方からさっさと酒盛り初めて明日の予定を確認。

明日はいよいよベルリンへと向かうことになるのか〜〜〜〜。いよいよです。

 

それでは次回もお楽しみに!

 

 

 

 

ドラマ『CHERNOBYL(チェルノブイリ)』第一話。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926164354j:plain

日本初公開の海外ドラマをこんなにも早く視聴して感想など呟くことになるとは…自分はよっぽどこのドラマを待ちわびていたらしい。

 

ソビエト崩壊からもうすぐ30年を迎えようとしているが、近年ソビエトをテーマにした作品が順調に増えてきていて、こちらとしても嬉しいところ。

ガルパンを始めとしてちょくちょくアニメのネタにもなる。

しかしその反面で、人気が出てくるとやはり悪い影響も出てきてしまうもの。

 

本作もゲームオブスローンズの製作陣ということもあって、アメリカ国内では大ヒットを飛ばした。その上、先日エミー賞なんかも取ってしまうほどの人気ぶり。

その影響か現在ウクライナにはチェルノブイリ原発ツアーに殺到する目的でやって来る観光客が急激に増えているようだ。

俺も2016年9月にウクライナへ行ってチェルノブイリ原発のツアーに参加したことがあったが(その時の詳しい話はまたいずれ当ブログの別シリーズである欧州遠征録で)、あの時も結構アメリカ人のツアー団体が多かったように思える。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926164509j:plain

2016年、実際にツアーに参加した際のチェルノブイリ

しかし現在は、もはやなんでもありな観光状態になりつつあるんだとか…。

 

ウクライナも本来経済の貧しい国だし、観光後進国だから、なんとしてでも海外からお金を落としてくれる客が欲しいところ。

本来なら立ち入り禁止区域だし、外部からの人間の出入りを厳しく制限するべきなのだが、命の保証はしないという誓約書にサインさせる程度の手続きを済ませて、原発周囲への立ち入りを許可している。

もはや立ち入り禁止区域の意味をなしていない。

福島第一原発を観光目的として利用したらきっと大バッシングだろう。でもウクライナ人は何も思ってなさそうだし、アメリカ人は金儲けできるとあって他人事だし…)

なんと最近じゃ、汚染されたプリピャチ川(原発の横を流れる川)をボートで巡るというような馬鹿げた観光事業に乗り出すツアー会社まで出てきているとか。こりゃ川で誰かが泳ぎ始めるのも時間の問題だ。(そして死ぬ)

 

まぁ、こういうツアーを企画するのは大概一儲けを狙うアメリカ人の資本家なのだが。。。やはり資本主義は○○○

 

それどころか、現地に押し寄せた観光客はチェルノブイリ事故に関心があるのならまだしも、その半数以上がインスタ映えとか「流行っているから」だとか、そんな理屈で軽々しく見学ツアーに参加し、原発建屋と自撮りで記念撮影する。。。

まことに嘆かわしいことこの上ない。なぜ罪もないソビエト人民が血を吐き、皮膚をただれさせて死んでいった墓標のような原発を前に笑顔で写真なんか撮れるのか。その神経を疑わずにはいられない。あの建屋の中には高濃度の放射線によって人もロボットも近づくことができず、いまだに回収されずにコンクリートに埋もれたままの作業員の遺体が眠っているというのに。

命を投げ出す彼らの献身的な除染作業がなかったら今頃ヨーロッパは、世界は、チェルノブイリ上空から季節風によって流されてきた高濃度の放射性物質によって大規模に汚染され、発ガン率はとんでもないことになっていただろう。

ヨーロッパ産の小麦なんて食べられなくなっていたはずだ。そして欧州は今よりはるかに衰退していた。そんな地獄を防いだのが彼らだったのだ。

 

さて、本作ではそんな真の英雄とも呼べる作業員や消防士、兵士たちの胸の痛むような献身的作業の光景と、頑なに原子炉の爆発を認めず、認めてからも今度は互いに責任をなすりつけ合う醜いソ連共産党指導部の葛藤が描かれている。

命を投げ出すのはいつだって末端の人間なのだ。

 

先日、第一話がスターチャンネルで無料公開だったのでさっそく見てみることにしたが、今回はその感想を述べていくことにしよう。

ネタバレっていうものもない気がするが、気にする方は読むのをやめてもいい。

ほとんど実話なのだから実際に起こったことを知っていればどのような展開になっていくかはある程度想像がつく。その意味でこの作品は、映像を見て恐ろしい気持ちになってくれればそれで正解だと思える。

 

第一話目は、主人公の自殺で始まる。

事故から2年後の1988年4月。彼は証言を記録したカセットテープを残すと、首を吊る。

なぜ彼が自殺するに至ったのか?

それを問うのが本作の意図だ。

 

そして時は2年前、1986年4月に遡っていく。

 

チェルノブイリ原発ソビエト連邦ウクライナ共和国の首都キエフの北にある。周辺のプリピャチという街には原発作業員たちとその家族が暮らしていた。

突然、火柱を上げてチェルノブイリ原発の原子炉建屋が爆発する。

爆発を目撃したプリピャチ市内のアパートの一室では、妻リュドミラが心配そうに吹き上がる炎を窓から見つめていた。しばらくして消防士の夫は消火活動に出る準備をする。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926165136j:plain

リュドミラ・イグナチェンコ。彼女が本作の主要な登場人物の一人。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926164914j:plain

リュドミラの夫、ワシリー。彼はまだ自分の運命を知らない…

実はそんな事故の被害者である彼らは、実在の人物をほぼその通りに描いているのだ。

 

チェルノブイリを描いた小説は少ないが、スヴェトラーナ・アレクシェービチというベラルーシ人作家の書いた「チェルノブイリの祈り」という本の最も冒頭に登場する衝撃的な証言…この本が元になっている。

 

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

 

 

アレクシェービチはドキュメンタリー作家で、長年ソビエトの闇に焦点を当て、さまざな人々の証言を一つの本にまとめてきた。アフガン戦争で傷ついた兵士の証言をまとめた「アフガン帰還兵の証言(原題・鉛の少年たち)」は秘密主義が蔓延っていたソビエト社会に強い衝撃を与え、現実を受け入れられない遺族から猛バッシングを受けて裁判まで起こされてしまったが、彼女はそれ以降も精力的に作家活動を続けてきた。

そうした長年の功績を認められ、2015年にようやくノーベル文学賞を受賞するに至ったが、そんな彼女が送り出した「チェルノブイリの祈り」という本も、事故を経験した人たちの目線で生々しい証言が描かれているのだ。

 

とにかく本の冒頭の、リュドミラの証言は実に生々しい。消防士である夫が炎の上がった原発へ消火に向かう。その場所から戻ってきた消防士たちはひどい放射線被曝で倒れ、妻のリュドミラは必死で彼を看護するが、病状は次第に悪化していき…

 

これ以上は書かないでおくが、夫を必死に看病する妻のひたむきであまりにも悲しくむごい証言が、おそらく今後ドラマでも取り上げられていくことだろう。

大量被曝した夫はもはや人ではなく、一つの放射性物質なのだ。

それが何を意味するか、今後明らかにされていく…。

 

放射線が人体に与える影響を知るためには日本で起こった事例も参考になる。

1999年に茨城県で起きた東海村臨海事故という大変な人災をご存知だろうか。

ウラン加工施設で、溶かしたウラン燃料を移し替える作業中に核反応が発生し、青白い光とともにその場にいた作業員二人は大量被曝する。人間の放射線致死量は6〜8シーベルト(人体に与える影響を表す単位)程度なのだが、その場にいた二人はそれぞれなんと推定14〜20シーベルト、8シーベルトもの放射線を浴びてしまう。彼らは即死を免れて奇跡的に生き延びるが、それが地獄の始まりだった…。

そのうちの一人が集中治療室で治療を受けて死んでいくまでの過程を綴ったのが、NHK記者が綴ったこちらの『朽ちていった命』という本の中で紹介されている。

 

朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)

 

 

放射線は、身体を内側からじわじわと破壊していくのだ。

細胞や染色体が破壊されると人間は設計図を失う。つまり、新陳代謝などによって毎日生まれ変わる皮膚が再生されなくなり、古くなった皮膚がはがれ落ちると人間の肌は、むき出しになる。

そしてむき出しの状態のまま決して再生されない…赤々とした肉が露出する。

患者の寝ているベッドは血まみれになり、身体中をガーゼや包帯でぐるぐる巻きにする必要がある。また体内の粘膜も剥がれおち、胃や腸の内部も血まみれになって、血便が続く。喉の中もただれて、やがて口もきけなくなる。

そんな状態が三ヶ月も続いた。

当時の最先端医療(皮膚移植や、骨髄移植)を以ってしても、彼を苦しめるだけ苦しめて、三ヶ月生かしてしまったのだ。なんのために助からない命を生かす理由があったのかと考えさせられる。

(もう一人の患者は200日も生きたが…)

 

チェルノブイリの消防士が受けた放射線も、彼ら同様におそらく8シーベルト程度か、人によっては…20シーベルト以上であった。現場に着いた時は元気だったのに、突然嘔吐して倒れたり、顔が真っ赤にただれたり…。即死した者、病院に担ぎ込まれた者…。

放射線被曝の治療なんて前例がなかった。

医師たちは奔走するが、重篤な患者を前にして為す術もなく立ち尽した。

彼らは皆長くても二週間程度しか生きることはできなかった。 

f:id:la-petit-prince-stars:20190926170506j:plain

燃え盛る原子炉

消防士たちだけではない。原発内の制御室にいた作業員たちにも同様の悲劇が待っている。

事故発生時、現場の責任者であるディアトロフ技師は原子炉爆発を頑なに認めようとしなかった。

部下が原子炉が爆発したという報告をしても、彼はそれを頭ごなしに否定する。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926170008j:plain

「わが国の原子炉は決して爆発することはない!」

 

国が絶対的に正しい以上、自分たちのミスが原因なんて到底受け入れられなかったのである。ソビエトで罪を負えばシベリアへの流刑か強制労働、または国家反逆罪の烙印を押されて銃殺される。昇進は二度と望めない。だから事故後、対策のために呼び出されたその地区の共産党員ですら、作業員たちに事故の全容を知らされてもそれを受け入れなかった。そしてディアトロフ技師も地区の党員も、皆がこう言うのだ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190926165843j:plain

「原子炉が爆発したと言うのなら、お前が原子炉を真上から覗いてこい!」

当然、原子炉からは凄まじい勢いで放射性物質が噴き出しているというのに、この命令は正気の沙汰ではない。作業員たちはまた、むき出しになった核燃料棒を冷却水に押し戻すために奔走する。(燃料棒がむき出しになると高熱によって炉心溶解(メルトダウン)が起こり、放射性物質がますます流出する)

実際に覗かされた作業員は顔を真っ赤に腫らしていく。

そんな彼の惨状を見ても党員もディアトロフも事故の重大さを認めない。

ディアトロフ自身その場で嘔吐し、倒れて担ぎ出されたというのに…。

 

そしてまた別の技師が、原子炉を覗きに行かされる。そんなことの繰り返しだ。

 

観ているこちら側としても非常に苛立ちの募るシーンである。

しかも近隣住民がパニックを引き起こさないようにするためと言って、住民には一切避難勧告が出されない。

 

放射性物質の白い粉が宙を舞う。

夜中、爆発事故を聞きつけて外に出ていた子供達はその粉を眺めて雪のようにはしゃいでいる。放射線の脅威は目に見えない。しかし確実に、身体を内側から蝕んでいた。

 

こういう初動対応のまずさが結局チェルノブイリ事故をますます深刻なものにしたが、それはソビエトの秘密主義・権威主義がもたらしたものと考えることができる。

 

…さて、一話はこのような話で進んだが、二話以降もソ連共産党の対応のまずさがますます露呈することだろう。

モスクワの中央政府も処罰を恐れたウクライナの地区共産党が報告をうやむやにしたせいで正確に情報をつかむことができなかった。ようやく事の重大さを理解した中央政府が近隣住民に避難を命じて避難勧告が出されたのは事故から三日後。

住民の健康状態を考えるとあまりに遅すぎたと言っていい。

そして二話からはいよいよ兵士たちが除染作業に駆り出されることになる。爆発してむき出しになった原子炉を覆うコンクリートの石棺を建設するため、これまた多くの除染作業員(リクヴィダートル)が犠牲になっていく…。

 

非常に重苦しいテーマだからこそチェルノブイリ原発の恐ろしさを理解できるドラマだと思う。

ぜひ覚悟する気持ちで観て欲しい。

そして原発に対して自分なりの意見を持ってほしいものです。

世の中の諸問題は、決して善か悪かの二つで片付けられないことも理解してほしい。

このチェルノブイリ事故についても、一体誰が悪いのかと決めつけることはできないのだ。

原発によって我々の豊かな生活が保たれているという現状を踏まえ、いかにして原発に頼らずに生きていけるか。これを話し合うことが重要だと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

面接対策奮闘日記「あなたの趣味を教えてください。」

f:id:la-petit-prince-stars:20190630114401j:plain

『НЕТ!(いらん!)』→『 ХОТЯ ДАВАЙ!(飲ませろはやく!)』※ソビエト時代の禁酒ポスターのパロディ

公務員試験がね、ようやくひと段落したんですよ〜〜〜

 

そんなこと言ってもただとりあえず筆記が終わっただけなので一次結果の通知待ちなんですが。でもとりあえず束の間の平和に、心の平安は保たれている。

今のところ新しく勉強する必要もないぞ〜〜〜〜ヤッタァ!とか言いながら両手広げて、やっとのことで分厚い参考書どもを放り投げて…、

ワイン飲みながらナチスが党大会で本燃やすやつみたいなことやってたら(さすがに燃やしてはいませんけど)めちゃくちゃ楽しくなってしまったんだが、せっかくお休みを手に入れたというのにびっくりするくらいすることがない。

 

みなさんは休みの日に何をしてますか。

 

今までアホみたいに読みふけっていた参考書を投げ捨てる以外、休みの日って何すりゃいいんですか…??

 

大変困ってしまう。

ここ最近お勉強しかしていなかったせいか、もはや勉強が趣味みたいな感じになっている。

 

違う、違う〜〜〜〜、

勉強なんか趣味にしてたまるかクソめ〜〜〜

死んでもお断りだ。

俺に平穏で暖かな?日常を返せ!

でも日常ってなんだろ。。。難しい概念だ。

アリストテレスだって首をかしげるだろう。

 

…そ、そうだ、

以前みたいにバーベキューしよう、

お山に登ろう。

キャンプをしよう!

 

とかあれこれ考えたんだけど…

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630115328j:plain

 

お、おい今梅雨じゃねえか!ふざけやがって

 

窓を開けたら最近ずっとこれだ。俺はペーパーだし車を持っていないし、ここは田舎だから電車も無し。無い無い尽くしのオンパレード。

ど田舎なんて人が住むような場所じゃない。

ここがセントヘレナ島であることをすっかり失念していた。

 

うーん。。。そうね。

しかし俺の趣味ってなんだ。

かつて俺は多趣味を標榜していたはずではないか…?

思い出せ〜〜〜〜、、、

改めて自分を見つめ直してみる。

休みの日にやってることなんて、カクテル作って酔っ払って気持ちよくなってるだけじゃんかよ〜ぅ。

しばらくそうやって頭を抱え込んで悶えてたんだが、休みの日をどう過ごすか以外にもこの問いは結構重要度が高い。

ほら就活の面接カードだってあなたの趣味は?みたいな質問欄が確実に設けられてるでしょ?ふざけるな、お前に教える義理などないと一蹴してやりたいところだが、そこをこらえるのが大人ってもんですよ。

今も面接対策をやっているのだが事前に自治体から送られてくる面接カードにも必ず同様の設問があるのだ。これはまずい。

 

で、実際にやってみたんですよ、面接練習。

 

現在通ってる専門学校で担任のおばちゃん先生と面接練習を、3度ほど行いました。

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630120946j:plain

いや、先生は実際こんな顔してないんだけどさ。

近いといえば近いけど。

ちょうどいい素材がなかったから許してやってほしいんだけど。

 

一年ぶりの面接なのでね、当然ながら散々にこき下ろされます。。。

無念。

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121041j:plain

 

脳内シミュレーションでもやってみるといいよ〜って言われたんで、とりあえず頭の中で、自己分析のつもりでいろいろと面接練習をやってみることにした。

 

特に練習で詰まったのがそう、まさに趣味の質問だ。

 

一応、面接カードの下書きには、【朝のランニング】とかもっともらしい書いてるけど、あんなのを趣味にするつもりはない。歯磨きと一緒です。

だから何かそれ以外で趣味は何か、と聞かれた時に困るので、練習して絞り出さねばならない。

 

よし、頑張って探すぞ〜〜〜〜!

俺の趣味はなーんだ!

 

【テイク1】

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121154j:plain 

『あなたの趣味はなんですか』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121258j:plain

『・・・』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

『酒です』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630123144j:plain

 

待て待て待て待て

そうですよね。常識で考えろ。

いやまぁ確かに酒は趣味として、あり得るかもしれないけど

面接という場で酒を趣味とストレートに答えるのは下品でしょう。

品がない人だと思われてしまいますのでもっとオブラートに包みましょうね。

 

…わかったよ先生、じゃあ、もっとオシャンな言い方をすればいいんだ。

オーケー、俺はオシャンの帝王オーシャンズだからオシャンな言い方なんかいくらでもできるもんね〜!

 

【テイク2】

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121154j:plain

 『あなたの趣味はなんですか』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

『カクテルを毎晩シャカシャカすることです』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121439j:plain

 

(アッ、まて反応がよろしくない)

いや冷静になれよ〜よくよく考えてみろ、

そもそも、

一人で毎晩晩酌しているようなアル中を採用する企業や自治体があると思いますか?

そりゃまあ「キミィ!気があうねぇ!」とか言ってくれる太っ腹なところも少しくらいあるかもしれんが、大概は厳しいねえ。。。

 

そもそも一人で飲むってのが、協調性が無いみたいでよろしくない。

最近知ったんですけど、家で一人酒飲む人って周りじゃ少数派なんですって

信じられます…?俺が少数派だ…?ふざけやがって…

 

よし、じゃあもっと別のアプローチでいく。

 

【テイク3】

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121154j:plain

面接官『最近楽しかったことはなんですか。趣味でもいいです』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630123321j:plain

らべる『ビアガーデン、です!』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630123414j:plain

面接官『どんなところが楽しかったですか?』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630125601j:plain

『・・・』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

らべる『え、やっぱりビールが美味しいところじゃないですか?』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630123501j:plain

 

 

よくないね、やっぱ。

こりゃダメだ。やっぱ酒から離れよう…?

 

いや待て、酒から離れないにしてももっと話を広げればいいんじゃないか!?

 

あ、そうだ、そうだよ!

じゃあこれでいこう…!

 

【テイク4】

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121154j:plain

面接官『あなたはいつも休みの日にはどんなことをして楽しんでいますか』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124045j:plain

らべる『私は飲み会を企画することが得意で・・・、(中略)』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124217j:plain

『・・・、上手い具合にグループのみんなをまとめることができました(これめっちゃ完璧な自己PRじゃん?)ただ、いつも居酒屋に誘うのは私だけですが』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124152j:plain
面接官『それは…みんなをまとめたというより、単にあなたが酒好きなだけですよね?』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

らべる『あ、はい。そうなりますね』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124411j:plain

 

しゅ、趣味…???

しかも、もっと協調性とか知性のある…かあ。

難しいね。難しい要求してきやがる。。。

少し突っ込まれると粗が出るし。。。

 

殺す気か。

俺はインドア陰キャなのにこれでも精一杯頑張ってんだオラ〜〜〜

 

そんな些細な疑問が全くと言っていいほど解決しないままフラフラして電車に乗ってぼーっとしてたら、電車の中に携帯電話を忘れちゃうし

あ〜〜忘れちまったな〜とか言ってヘラヘラしながら家に帰ってパソコンの位置情報で追跡したら、猛スピードで俺のiPhoneくんがびゅーーーーーーーーーーーん!!と画面の地図上を一気に駆け抜けていく絵面に遭遇して、思わずぎゃはは〜と笑い転げてしまう。わはは。

 

笑い事じゃねぇんだよ、

すぐさま駅へ執拗に電話をかけまくって、や〜〜〜〜〜〜っとのことで回収してもらえました。。。

ありがたや。。。どうでもいいけど着払いの料金高かった。。。

しかしiPhone見つかれども俺の趣味は見つからずってわけですな。

 

そんな感じでしばらくずっと同じようなこと考えてたんだけど、

休みの日にリビングで今まで撮りためてた映画を何本か何気なく観ながら、

 

ああ、そうかそうか、俺の趣味は映画か〜〜〜〜。

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124747j:plain

 

みたいな感じに徐々に正気を取り戻していくわけです。

 

そうだよ。なぜ忘れていたのか…

俺の趣味は映画鑑賞だと思います。

一時期は一週間に2度くらい映画館行ってたんだからな。

ここのブログでも何度か映画レビューを挙げているではないか。

これで映画好きを名乗っちゃいけないなんて道理はないはずだ!

オラァ〜〜頼むぜ今度こそ。

 

じゃあ、先生、

今度こそ俺の完璧な面接をみてやってくれ。

 

【テイク・・・ファイナル】

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121154j:plain

面接官『ご趣味はなんですか』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630131819j:plain

らべる『映画鑑賞、です!』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630131907j:plain

面接官『最近観た映画の中で、特に好きな映画はありますか。』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630132118j:plain

らべる『007シリーズです。』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630132951j:plain

面接官『具体的に好きなところがあれば、教えてください』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121258j:plain

『・・・』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

らべる『主人公ジェームズボンドがそこそこアル中なんですが、私もアル中なので重なるところがあると思いました。酒好きなところにとても感情移入できます。特にウォッカマティーニのような素晴らしいカクテルは…』

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630124152j:plain

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190630121325j:plain

『(アッ)』

f:id:la-petit-prince-stars:20190630132118j:plain

らべる『私がアル中ってのは、冗談です』

 

 

 

 

続く。(つづかない。)

 

 

 

欧州遠征録【6】遠すぎたドレスデン

f:id:la-petit-prince-stars:20190514203210j:plain

今回の僕らをあたかも象徴するかのような標識です

最近とっても忙しいらべるです。忙しいのかな。わかんねえや(へらへら〜)みなさんはお元気ですか。

この欧州遠征録も思えばすごく久々にはなってしまったのだが、こうやってなんとか暇を見つけて執筆することが叶いましたので。。。ほんとは書いている場合じゃないんだが勉強も詰め込みすぎると自分でもわけわかんなくなっちまうんで息抜きは大事でしょうね〜と、これ書きながら噛み締めている。現実逃避だ。

文章力は使わないと劣化しちまうんで使うべき時に使わなきゃな。

そんじゃ〜前回の続きからいきましょう。

 

これまでのあらすじ。

みなさん覚えてるかしら?筆者と先輩のT氏はパリから電車でドイツ南部に到達してロマンチック街道を南からじっくりゆっくり…(と、本来ならそうなる予定だったのだが)

しかしこの旅はとても酷いもんで、かつかつハードスケシュールで北上していくことになってしまうのだ。旅行計画のずさんさはこの際ふれないでくれ。

基本的に旅なんて行き当たりばったりが基本である。

さて前回はそんな素敵で可愛らしいロマンチック街道の中間地点であり、メインディッシュともいうべき中世都市ローテンブルクを旅したお話をご紹介しましたが、それもいよいよおさらばして、我々はまだまだ続くロマンチック街道を惜しみながらも脱して、舵を大きく切り、ドイツの東へと向かうのであった。

f:id:la-petit-prince-stars:20190514224116j:plain

今ではすっかりと馴染んでしまった風景

 ロマンチック街道の中間都市ヴュルツブルクを通り過ぎ、フルダという街の駅に到着。さぁここがドイツを東に向かうか西に向かうかの分岐点の街になる。

 

ところが、ここから東に位置する本日の最終目的地ドレスデンに至るまでの旅は、当初の予定を狂わすほどとんでもない苦難を伴うものであった。

 

①“ドレスデン”行きのチケットを買わせておくれ!!!

時刻はとうに昼の14時くらい。

ローテンブルクから長々と乗ってきた電車から降りると、さっそく我々はドレスデンへと向かうための切符を購入することになる。

しかしここでアクシデントが発生。

 

駅のホームで券売機を前にした我々だが、券売機の表示のどこにもドレスデン行きの切符が見当たらないのである。

これは一体???

おいおい待て待て、これまで俺たちは様々な苦難をのりこえてきたんだぞ?パリの地下鉄で券を買うのだってかなりしくじったりしてよぉ〜〜〜っ

パリからミュンヘンまで本当に電車で行けるのか?と非常にやきもきしたこともあった。だがそんな歴戦の勇士が一体こんなところで何を手間取っているんだ???

と思いつつ何度もご親切な英語表示の電子券売機に向かってぶつくさ言いながら格闘してみるのだが、やっぱりドレスデン行きの切符が買えないという。

ほんとになぜなんだ。。。

 

ここでドイツ語に自信ニキというT氏(彼はフランス語にも自信ニキ)がすっと立ち上がり、どこへ行くのかと思えば勇ましく駅のインフォメーションセンターに果敢に立ち向かっていく。

か、格好いいぜ…!

俺にはできへん。。。

ちなみにその間、券売機の前でのほほんとしていた。干し梅を食べてました。

 

いやぁ〜〜〜うまいんですよね、

皆さんも長期間海外に行くときは干し梅を持参すべきである。(これは声を大にして言いたい)

この頃にもなるとワタクシは若干のホームシックを抱え始めていた。

 

しばらくして白い紙を一つ携えたT氏が舞い戻ってくる(この時、俺の頭の中じゃ神々しくワーグナーワルキューレの騎行が流れていた)

 

ドレスデンへの行き方が書かれた紙だそうなのだが、目を通して見ると…

 

え、ドレスデンに行くのってこんな駅で乗り換える必要ありますっけ????

グーグル先生は一度もこんなこと言っていなかったような。

そもそもフランクフルトって西側じゃないっけ…

 

紙面に刻まれた街の名前はどこも方角的に明らかに違う。そもそもドイツ語はあんまり読めんが。

f:id:la-petit-prince-stars:20190514202457j:plain

こんなに乗り換えねえはずだが

 絶対間違いだよ〜〜〜、いくら馬鹿な俺でもわかる。

大学の英語が再々履修の俺でもわかる。(余談ながらその時の俺が履修していたミクロ経済学は”再再再履”だったので当時流行っていた『君の名は』の主題歌と非常によく韻が踏めたものだ)

煽りまくる俺にT氏は、これはドレスデン行きだと確かに駅員が言った、と言い張るので。

うむ。。。そこまで言うのなら。。。

そんで改めてよく紙に目を通して見る。

 

えーっと、

“Dorsten”

 

うん。ドルステン…確かに、いや、やっぱ何も違くな…

 

 

あっ、あ!これって…

もしかして…

ドルステン!?!?!?!?

 

いや知らねぇ

どこなんだよそこはよォ

 

Dresden

ちなみにドレスデンの正しい綴りはこちらです。

こうしてみると非常に一目瞭然だね。

まあ、ぱっと見気づかないかもだけど。

 

ちなみにドルステンってのは東部ドレスデンの真反対…ドイツ西部の小さな街だ。

こっちの街に行ったらもはや方向修正のしようがないだろう。

f:id:la-petit-prince-stars:20190514202850p:plain

 

そんな大いなる過ちに気づいてしまった我々は思わずひっくり返り、そのまま疲れも相まって、とにかく変な笑いが止まらなくなってしまう。

ドイツ人にしてやられた。しかももう一度よーーーく、券売機を睨み続けてるとドレスデン行きの表示は初期画面の下の方に、はっきりとあらかじめ表示されていたのであったとさ。

そりゃそうだ〜〜〜〜だって日本で言うところの京都みたいな古都だもの…!

分かりやすいところに表示しておくべきものだよね。。。まさしく灯台下暗しであった。

 

今までの苦労は一体なんだったんだろ〜〜〜??

ふにゃふにゃのこんにゃく状態になった我々はやっとのことでチケットの購入に成功し、ヘラヘラしながら駅のホームにまっしぐら。

その途中でT氏がバッグから小銭を撒き散らすアクシデントに見舞われたりする。

なんでこの人ロボットじゃあるまいし、チャランチャラン音立てながら歩くの、とか思ってよく見たら小銭を無意識にばらまいている。。。

バッグも中の財布も開けっ放しじゃないですか。。。

ひどく疲れすぎじゃないのかね。

転がり落ちたユーロ硬貨とかを拾い集めてホームのベンチに腰を落ち着かせる。

まぁ、とりあえず落ち着こうぜ。

いやー、でもなんとかドレスデンに行けそうです。

ほんとうに、ええ。なんとか。

 

しかし。。。

このあとも行く先々にアクシデントが待ち構えていることを、我々はまだ知らない。

f:id:la-petit-prince-stars:20190514225956j:plain

駅で飲んでたビールはプルトップが破損したので無理矢理こじ開ける羽目に。

 

②俺たちを置き去りにして遠ざかっていく列車。

いや〜〜〜なんとかなるもんですなぁ。

ドレスデン行きの列車に飛び乗って、あとは優雅に快適な列車内で贅沢な時間を過ごすばかりです。さっきまでの馬鹿苦労が嘘みたいだ。朝早く起きて今日はとにかく濃厚すぎる1日だ。情報量が多すぎると脳みそがパニックを起こすのでやっとの休憩は誠にありがたいのです。

ドレスデンに行くためにはもう乗り換えも必要ないらしく、このまま順調にいけばおそらくドレスデン市内には夕方18時ごろには着くだろう、という予定でした。

呑気に列車で音楽など聞きながら、今日の出来事を絵日記形式で描いていたりすると、いつの間にか列車が停車する。周りの乗客がぞろぞろと降りていく。

何だろう、疲れすぎているからかあまり気に留めませんでしたが、やがて電車の中に人気が微塵もなくなる。

 

あれ、これ本当にここにいていいのか?

みたいな空気感。

 

やがてぽつんと席に残る我々を見つけた初老の車掌が近くにやってきて、『降りろ!」とまくしたてる。ドイツ語で。

俺たちは顔を見合わせて、あん????となったのだが駅員は待ってちゃくれない。「あんたたち、(車内放送を)聞いてたのか?」と駅員は呆れ顔だ。

 

ああ、え、まさか乗り換えですか!????

あ〜〜〜いえ、はい、聞いてませんでした。(どうやら自分たちの乗ってきたやつはドレスデン直通じゃなかった様子だ)

 

ということで列車から叩き出される我々。

えーっと、、、ここはどこ。。。

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190521215739j:plain

 ここはライプツィヒ駅という結構大きな駅です。

 

はてさて、しかし乗り換えとは言っても一体ドレスデンに向かうにはどの電車にのればいいの?降ろすだけ降ろされてどうしたらいいんでしょうか。

 

と、思った矢先のこと。

たった今我々の降りた列車の後部車両が切り離されて、発進していく…!!!!?

 

い〜〜、嫌な予感がするなァ、

ふと上の電光表示板を見上げると、ドレスデン行きの文字が・・・輝いて、消えたね。。。

 

まさか今のが、、、

ああ、やはり、、、

ドレスデン行きの列車でございましたか。。。

非常に、無念である。(二人はお葬式状態)

f:id:la-petit-prince-stars:20190521220200j:plain

電車が遠ざかって閑散としたホーム

そして次のドレスデン行きは2時間後という大事態に。

駅のホームで二人して絶句する我々。

ただでさえ遠いドレスデンがさらに遠のいたのだ。

果てさて、一体我々はいつになったらあの街に辿り着くことができるのか。。。

気を取り直して電車を待つこと2時間。

しかし案外あっという間に時間は過ぎて、ようやくライプツィヒドレスデン行きの電車に飛び乗ります。

今度こそ俺たちは凱旋するぞ、と意気込むものの今日一日で本当にたくさんのことがありすぎて脳みそが疲れ果てている我々の会話の話題は、ほとんどがうんちと爆発の話。疲労が限界に達すると脳みそが小学生にまで退化てしまうのは仕方がない。しかも案外ゲラゲラ笑える。

今の俺のIQは5だ。

疲れるとこれがまたさらに下降していき、しまいにはマイナスの値を叩き出すこともしばしば。

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190521223429j:plain

そして!ようやく…夜7時半を迎えた頃合い、我々はドレスデンに到達しました!見てくれよな、ほらこの標識、ドルステンじゃないんだぜ!(当たり前)

いやーーーーーしかし、なんと長い道のりだったことか。。。

f:id:la-petit-prince-stars:20190521223537j:plain

お外は、、、

暗いですねぇ。

今日少しだけ旧市街を観光できたらなあとか思っていたけど精神的にも時間的にもそんな余裕など微塵もなかったので大人しく速攻ホテルに向かうことに。

夜の街もすごく素敵なんだろうけどさ。

ええ、なんせ今日泊まるホテルは今回の旅の本命と言っても差し支えない、城ホテルなのだ。

城に泊まるって憧れるじゃないですか。

『シュロス・エッグベルク(エッグベルク城)』

えーと、こちらは1800年代に築城された比較的新しくて貴族が建てたお城だそうですが、現在では観光客向けにホテルとして解放されている。

部屋でまったりゆっくりせずしてどうする?

一刻も早く城に向かいたい気持ちが高まっていた。

バスもいつ来るか分からんし、面倒だし、ああだこうだ言って仕方がなくタクシーを使うことに。

おっと…何気にこれが初めてのヨーロッパで乗るタクシーじゃないか??

ぼったくられるんじゃなかろうか、という一抹の不安はあったがドライバーは親切な方で、シュロスエッグベルクに行きたい〜〜と言う我々に「おう、あそこはいいとこだぜ最高だ」的なこと言ってくれて気持ちよかった。

(おっちゃん、泊まったことあるんか?)

そんであっという間にホテルの前だ。

しかしこれはバス使うより楽なんじゃないだろうか?

バスに散々振り回された身としては誠にそう思うのだが。

 

実にこの後、第三国・ウクライナでも我々はタクシーを重宝するのである。

 

そしてついに辿り着いた城がこちらですね。

f:id:la-petit-prince-stars:20190521222852j:plain

城、、、???

f:id:la-petit-prince-stars:20190521222815j:plain

城だ、、、城だよ、、、

城に着いてしまいましたぁ。

感無量だ〜〜〜、さぁて一体どんな世界が中に広がるのだろうか。

ワクワクしますなぁ。ここに泊まれるなんてディズニーランドもびっくりです。

 

③最終試練・鍵の開け方。

ま、まさか〜〜〜

城に足を踏み入れてからも我々は試練に直面するとはー…!

ここはゼルダの伝説ハイラル城じゃねェんだよ〜〜〜〜

くそぅ〜謎解きゲーは嫌いだ(;_;)

俺のIQは現段階で2なのにこんなことやってらんねぇ。。。

f:id:la-petit-prince-stars:20190521222332j:plain

異様なテンションでこの階段を駆け上がっていったのは想像に難くない

何がっていうと、悲しいことにカウンターで鍵を受け取ってからも我々は散々な目に遭う。

まぁ、あらかじめ仕組まれていた試練なんでしょうけど。

(試練が与えられなくちゃブログ的にもつまらんし、これってむしろ感謝すべきなのでは…???)

どういうことかって言うと簡単。

部屋の鍵が開かないのである!

こっちは疲れて死にかけてるってのに何故ヨーロッパの鍵ってのはこう、どいつもこいつも開けにくいんだ。どうなってやがる。

 

もう旅も中盤を迎えて折り返しに差し掛かっている頃合いだが、振り返ってみると今回の旅は鍵との闘いでもあった。

とにかく、どこもかしこも簡単には開かないのである。

文章での説明が難しいが、日本みたいに右に回しきればガチャっと開いたり、左に回しきれば閉まったりしないのがヨーロッパのホテルの鍵。

もちろん閉まるのは簡単でございますよ。

確か(記憶を振り返る)…多分、右に回すだけじゃなかったか?(それかオートロックだったか、ここへんの記憶が曖昧)

しかし開ける時はなんというかね…

左に差し込んだ鍵を捻り続けながらじゃないと開かないんですよ。

言ってる意味が分からないとは思うが、日本みたいに回し切ったら終わりじゃなくて、鍵を回し続けなきゃいけないの。

言葉で言うだけなら簡単、でも、それが固くてさぁ、

つまり、どこまでひねれば良いのかマジで、そこの感触というか基準がホテルによってやや違うのだ。言ってる意味がわからないならそれでよい。実際に行けばわかるから。百聞は一見にしかず。

 

毎回ホテルの前で今回のホテルの鍵は開けやすかったな!〜とか言ったり、最初は下手くそだったTくんもだんだん手慣れてきて、やがては“鍵マイスター”を自ら名乗り始めるくらいにまでなっており、初日のパリの時点で既に鍵マイスターの称号を欲しいままにしていた俺としては弟子の成長を見守る老師のような気分であったのだが、しかし、そんな我々は、今回立ちはだかった強敵を前にして、痛切に無力を噛み締めた。

f:id:la-petit-prince-stars:20190514231830j:plain

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190514231859j:plain

こりゃ無理だねぇ

開かない…ひたすら開かない…

俺たちは早くベッドにどかんと寝転がって愉悦に浸りたいだけなのに…。

業を煮やして結局ホテルのカウンターに舞い戻り、長身のドイツ人のお兄さんを連れてくることになった。

 

いや、これ絶対ドイツ人でも開けるの難しいから〜

やれるもんならやっ…

 

…いや、まぁ、えーっと、あら、

ひぃ、秒で開けられてしまいましたね〜〜

 

嘘だ!?とびっくりして顔を見合わせる我々に、お兄さんは「(なんやこいつら)」とでも言いたげなドヤ顔だけ振りまいて、エレガントに、颯爽と去って行く。

そんな後ろ姿を見て僕らは彼のことを真の鍵マイスターと呼ぶことにした。

彼には勝てませんなァ。

 

まぁそんなことより〜〜〜

本日のお部屋はどんな感じでしょうね!

f:id:la-petit-prince-stars:20190521220507j:plain

うわあーーーーーーー

あーすごい、、、

こんなムーディーなカーテン付きのベッド、初めて見るなァ、、、

保健室以外じゃ見たことがないぜ、、、

でも男二人でダブルベッドをシェアするのにこれ要りますか?(今更)

いらないと思うんだよねぇ。

今までも散々ダブルベッドで熱い夜を過ごしてきた我々だが、またランクが上がってしまった。どうしてくれよう。

 

もう疲れ過ぎて気が狂い過ぎて、とりあえずベッドに横になるのも良かったのだが、とりあえず冷蔵庫の中身を物色するところから始めるのが旅の流儀でしょう。

 

ふふ、ビールあんじゃん。

そりゃ飲むの一択ですね。

f:id:la-petit-prince-stars:20190521220818j:plain

ローテンブルクで買ったお人形さんと一緒に。

このシュバルターってビールだが、いやぁ〜これが本当に美味かった。

疲れていたからっていうのもあるのだけど。

ピルスナータイプは日本でもど定番のビールだ。

あれ、これっていわゆる地ビールなのかな。

どこぞに行ってもまず見かけることはなかったので、ドレスデンとかこの地域限定なのだろう。またいつか機会があれば飲んでみたい一品だ。

兎にも角にも疲れてしまいましたわ、さあいよいよ明日はドレスデン市街の探索とまいりたいと思います。

 

んで、次の更新はいつになるんでしょうかね。

恐らくは6月をまたいで7月とかになる恐れもありますが、また順次更新してまいりたいと思います。もう3年前になろうとしてるので、、、記憶が薄れぬうちに早く更新していきたいもんです。

らべるのヨーロッパ紀行はまだまだ続くのでお楽しみに。

 

ではでは〜〜〜〜!!

 

 

 

 

 

『草原の実験』〜穏やかなタイトルに衝撃的なクライマックスのロシア映画〜

f:id:la-petit-prince-stars:20190405210316j:plain
いやぁこれねぇ、、、

なんとなく前々からご紹介したかったのだが、最近久しぶりに観返してすげえな〜〜と思ったし、せっかくなので本日はこの『草原の実験』という映画をご紹介したい。

日本じゃ珍しいロシア映画です。だがちゃんとAmazon Primeにて無料公開されているので、興味がある会員様は是非とも観て欲しいなと。

結構国際映画祭とかでも話題になった作品らしいっすよ。

 

この映画を初めて観たのはかれこれ3年半も前になる(もうそうんなに経つのねえ)。まぁええわ、とりあえず何と言っても主役の女の子の可愛さに惹かれたわけなんだが。

 

なぁ、、、おい待て、

なんだこりゃ、

この子なんだがとっても美しくないか。

f:id:la-petit-prince-stars:20190325204144j:plain

こちらが主役エレーナ・アンという女優さんだ。

典型的なロシア人というよりもどこか中央アジア的な雰囲気を醸し出しているので、この映画の配役にはとてもぴったりである。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403225909j:plain 

俺は日本の女優とか声優とか、名前も全然覚えられないくらいに基本的に他人に対して興味ないんだがこの人は別格かもしれない。

ロシア人と韓国人のハーフなんだとか。

この映画、もはやこの子を鑑賞するためだけの映画だ。

間違いない。てか劇中のカメラの大部分はこの子に当てられてますし。

 

草原というタイトルのキーワードに、主人公のアジア系の顔つき。

その当時から俺は旧ソ連、とりわけカザフスタンウズベキスタンといった国々に対して好奇心のような興味を抱いていたので、きっとこの映画もそれらの中央アジアが舞台の映画に違いねぇな〜〜とパケ写真を見て、そう踏んだわけである。

俺の予想は大当たりだ。見事にロシア映画

 

中央アジアソ連の構成国の一つだったので彼らの公用語もロシア語なのだ。

興味はすごくあるのに実際この地域をテーマに選んだ映画など日本でDVD化されてるのは一体どれだけあるのだろう?きっと数える程しかあるまい。(もし何か知っている映画があれば是非教えてくださいよ)

果たして需要が少なすぎるのか、供給が少なすぎるのか。いかに。。。需要はあると思うんだがな〜。

 

簡単なあらすじを読む限りじゃ草原の中にぽつんと佇む一軒家に住む少女と恋の話〜とか、なんだかのどかな感じに書かれてるもんだから随分と綺麗でほんわかしたお話なんだろうな〜と最初は思ったわけだ。

これは余談だが、俺は思い出のマーニーが死ぬほど大好きである。見事な児童文学だ。ジブリの映画も良かったんだが、あれは是非とも原作を読んでいただきたいですね。泣ける。

なんか同じ雰囲気してっからさぁ。この作品も実はマーニーっぽいんじゃね…?って思ったの。(このせいで、あとからひどい目にあうわけだが)

 

ちなみにこの映画、無声映画です。

セリフなんて一切ありません。

それでも心の葛藤だとか想いとかが、表情などによって観客である我々に如実に伝わってくる。とにかくすんごいねえ、こんな映画見たことないよ。

そういう意味でもこの映画は異色であると言える。

いや、そりゃ100年前のロシアには映画史に残る傑作「戦艦ポチョムキン」とかいろいろあったけれども(あれはサイレント映画

でも時代は21世紀だぜ…???

技術的な問題とかがあるはずもなく、いくらでもセリフなんて吹き込める。

でもこの映画を撮ったアレクサンドル・コット監督はセリフをあえて入れなかった。十分。ああそうさ、そんなもん最初からいらないんだと教えてくれる。

それと同時に女優の演技力も試されるというわけだ。演劇経験者の自分としてはなんとも恐ろしい話だが。

台詞なしの役やれとか言われてもほとんど苦痛でしかないもの。

俺には無理だね。そんなの、やってられん。 

f:id:la-petit-prince-stars:20190403215853j:plain

主人公の少女はこんな風に草原に佇む一軒家に住んでいる。

周りには見渡す限りのどかな草原が無尽蔵に広がっていて、どこにも同じような家は存在しない。中央アジアの草原はとてつもない広さだから、きっと我々日本人には想像もつかない世界です。

 

それにしても、これはいつの時代なんだろうか〜。

中央アジアとはいえ、ここがソ連であることを象徴付ける小道具が、本作ではたくさん登場する。

ラジオから流れてくるロシア語の音楽や、父が持つ新聞にはプラウダソ連共産党機関紙)のロゴがちらりと見えたり、彼女がトランクにしまい込んだ本の表紙にはB.マヤコフスキーロシア・アヴァンギャルドを代表する詩人)の名前が書かれていたり。だからこれは詩集だろうね。

例えば彼女がこんな風に葉っぱで描いていた絵。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403222220j:plain

おそらくソビエト連邦(現在ではロシア)の首都モスクワにあるこれだろうか。多分そうだ。クレムリン(日本でいう国会)にあるスパスカヤ塔と呼ばれる有名な時計塔でしょうね。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403222755j:plain

そのそばを飛行機が飛んでいる様子を見ると、彼女は果たしてモスクワに行ったことがあるのかな、それとも行きたいと願っているのかな〜などと考えてしまうのです。

 

多分この映画の舞台は中央アジアのどこかなんだろうけれど、中央アジアから首都モスクワはとても遠い。

それも、果てしなく。

ソ連時代にはカザフスタンウズベキスタンも同じソ連という一つの国だったけれど、同じ国の首都とは思えないほどの距離がある。

分かりやすく言うとアメリカの西海岸ロサンゼルスから東海岸ワシントンDC並みに離れてるのだ。

おそらく当時ソ連の僻地に住んでいたほとんどの国民はモスクワには一度も行かないまま死んだのです。でもそんなモスクワという想像もつかない大都会に住む一部の政治家たちが決めた政策やらなんやらで、ソ連中あちこちの僻地では、彼らの身勝手さによって自分の人生を左右されていた人たちが数多く存在したわけだ。

あれだけ広いソ連でも、なぜだか権力だけは隅々にまで行き渡る。

無理やり工場で働かせられたりとか、好きでもない共産主義を教え込まれて、イスラム教やキリスト教といった宗教を捨てるように口うるさく言われたりだとかして。嫌になっちゃうよなァ〜好きなように農業や牧畜をさせろってんだ。

それでも田舎の方は党による統制も緩やかで、悪夢のスターリン体制下とはいえ、そこまでなかったんじゃないかなと。。。いやすまん自信ねぇわ、収容所とかたくさんあったらしいしやっぱ嘘で。

 

最初は少女の暮らしぶりを美しい風景とともに、なんとな〜〜〜く描いていく。

少女に思いを寄せるカザフ人(仮)の少年がいるんだが、少女はなんとなく彼に対してはそこまでのときめきを感じていない様子。あんまり二人一緒でも楽しくなさそうで無表情だしなあ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190405212321j:plain

せつないねえ

そんなある日、少女のもとに現れたロシア人の青年。

少女は彼にときめきを感じるようになる。

細やかな表情だけでそんな心情まで読み取れちゃうなんて、やっぱエレーナ・アンの演技すごいな〜〜〜とめっちゃ思ったのよ。

f:id:la-petit-prince-stars:20190405211746j:plain

ロシア人の青年

f:id:la-petit-prince-stars:20190405211813j:plain

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190405211824j:plain

父親の前に座っていても、あの少年のことを考えてしまう。恋する女の子は美しいね

しかし、そんな平凡な日常も、やがて重たそうな展開になっていく。

つまりなんだこう、暗雲が漂ってくんの。。。

※こっから先は過度にネタバレを含むし見てから読みたいって方は是非そうしてくれ〜〜〜〜。ネタバレ気にしないって方は最後まで一気に読んでください。

 

 

 

 

 

いつもトラックに乗ったまま、どこか知らない草原の先にあるという”仕事場”へ向かっていた彼女の父親だが、或る日、彼はふらふらになって帰宅した。

 

父の身に何があったのだろうか。

ただ疲れているだけなのだろうか。

その日の夜に突然、ソ連軍と思われる兵士たちが大雨の中、彼を外に引きずり出した挙句全裸にして、その身体中を何かの測定器で調べる。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403224904j:plain

彼らが持ってる銃、多分PPSh銃なのでこの時代は1940年代末〜50年代中頃と思われます。

おやおや、こいつは。。。

どこか悪い予感がするね。

中央アジアといえば、現在のカザフスタンソ連時代、巨大な核実験場が作られていた歴史がある。セミパラチンスク核実験場とよばれるやつだ。

 

ということは、ここはやっぱりどう考えたってカザフスタンなのだろう。

もう多分カザフスタンで間違いないよ、そういうことにしといてくれ。

 

父は医者に連れて行かれたが、それからすぐ家に戻ってきた。

余命を宣告されたのかな。死を覚悟したのか、父は身なりを整えて滅多に着る機会もないであろうスーツをこの時初めて着込み、家の外に出したベッドの上でじっと座っていると、しばらくして、父は静かに死ぬ。

 

娘は父の亡骸を掘った穴の中に埋葬して家を出ようと決めたのか、父親がいつも乗っていたトラックを運転して草原の中にある一本道をずっと進んでいくのだが、途中でガソリンが切れてしまい、仕方なく途中で降り、そのままとぼとぼと歩くことにした。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403224606j:plain

なんか少女がトラックを運転するという姿だけで絵になる。

いつも父がトラックで向かっていた道の先には一体何があるのだろう?という疑問が彼女の中にあったに違いない。

好奇心じみた使命感に駆られて歩いて行くと、どこまで行っても何もないと思っていた草原の先に、彼女は張り巡らされた有刺鉄線を見る。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403223733j:plain


それは横一直線、どこまでも続いていて、この先には進めないのだ。

 

この先には、一体何がある?

死んだ父は何故、いつもこっちの方角に向かっていたのだろう?

 

きっと彼女の中で謎は深まっていくばかり。

そんな疑問を残したまま、いよいよ物語はクライマックスに差し掛かる…。

 

f:id:la-petit-prince-stars:20190403214908j:plain

家の外で例の少年と二人一緒に幸せそうにあやとりをしている最中、突然、背後の家の窓ガラスにヒビが入る。

 

二人が異変に気付いて立ち上がると、稲妻のような閃光がピカッと光り、風が吹く。

 

草原の先にまばゆい巨大なキノコ雲が立ち上り。。。

f:id:la-petit-prince-stars:20190403223451j:plain

うわぁ

f:id:la-petit-prince-stars:20190403215456j:plain

二人は互いの手を固く握り締めて放さない。

砂塵とともに、雪崩のように襲う爆風が二人を包み込み…

 

実験ってその実験かぇ。。。

 

草原の(核)実験

 

ここでようやくタイトルの意味を理解して思わず腰を抜かしてしまう。いや、まあ、なんとなく中盤あたりでそんな予感はしていたが…ある意味で究極のバッドエンドじゃないですか。

でも、草原のコントラストといい、キノコ雲が何故だか美しく感じてしまうのである。

 

1940年代の後半、ソ連は核開発に乗り出す。

おそらく本作はそのソ連が行なった核実験に巻き込まれた住民がいた、という噂に基づくものだろう。

第二次世界大戦中、アメリカの最高軍事機密であるマンハッタン計画(原爆開発)の中心地・ロスアラモスに潜入させたスパイを通じて核兵器の製造方法を仕入れたばかりのソ連は、ソ連国内の核実験に最適な場所として土地の広いカザフスタンを選んだ。

 

スターリンの側近であるラヴレンチー・ベリヤが指定したのが、セメイという都市の近郊の人気のない草原地帯。

ソ連政府は、ここにセミパラチンスク核実験場を建設したのだった。

「ここには人が住んでいないので、核実験場に最適である」

ベリヤのやつは本当にこんなことを言って核実験場の設置を急がせたらしい。

よく確かめもしないで核実験場を建設し、何回も核爆弾を起爆させた。

それによってセミパラチンスク近郊に住んでいた人々はひどい健康被害を受けたわけで。今でもこの地域における癌や白血病罹患率は著しく高いと言われている。。。まだまだ放射性物質はたくさん残存しておりますゆえ。

この映画に描かれているように核爆発に巻き込まれた住民がいたかもしれない。事実かどうかはもちろん今となっては全く知る由も無いのだが。

日本でも第五福竜丸が水爆実験で軽度の被曝を受けているし、こういうことは世界中のどこでも度々起こりうる。

 

というか、ソ連の開発チームも、きっと当初は核爆弾がここまでの威力になるとは思ってなかったんじゃないかなぁ〜と推察する。

少女が草原の先に見た立ち入り禁止のための有刺鉄線、おそらく当初予定されていた爆弾の加害範囲はあのエリア内に収まるだろう、というのがソ連の核開発研究者の推測だったに違いない。

ところが、核爆弾による爆風は有刺鉄線をやすやすと乗り越えてしまう。

その威力は、研究者たちの予想を遥かに凌ぐものであった。

アメリカのアラモゴードで世界初の原子爆弾を爆発させたアインシュタインオッペンハイマー博士たちも同じようなことを言っている。核兵器とは、人類の想像を遥かに凌ぐ威力の兵器なのだ。

核兵器が少女たちを巻き添えにして爆発したのは、この映画で監督が表現したかったことの一つであるようにも思う。

核の威力は人間の手に余るのだ。

 

他にもいろいろとこの映画で伝えたいことはあるんだろうが、結局は人々の美しくて慎ましい暮らしを一瞬にして奪い去った核兵器の恐ろしさというか歪さを監督は丁寧に表現したかったんでしょうね。

少女はマヤコフスキーの詩を愛し、葉っぱで絵を描く平凡なソ連に住む一人の女の子なのに、モスクワやレニングラードサンクトペテルブルク)などの大きな都市に住む同じソ連の女の子たちとは違って本当のソ連を知らない。

ある意味ソ連からあまりに遠く離れたソ連人であるせいで。

そしてそんなソ連という彼女にとって遠い祖国は、彼女たちの存在すらも無いものと勝手に決めつけて核実験に巻き込む。酷い話です。

 

そういう見方をするとこの映画もぐっと重く感じられるのですよ。

しかしこの映画に映り込む世界は、何もかも美しいのです。

核爆発だって、美しいのだ。奇妙な余韻に包まれること請け合いである。

 

興味がある方はぜひご鑑賞ください。きっとあなたも中央アジアの魅力に取り憑かれるはず。(核兵器なんかで魅力を感じちゃまずいのだが…)